あなたに会いたい夜


その日はやけに涙腺が緩くて、いつも聴いている大好きな曲を聴いても、楽しかった今までのすべてのことを思い出しても、涙が落ちないようにと空を見上げても、瞳から一粒の雫が流れ落ちてしまった。
訳もなく悲しくて、訳もなく苦しい。胸の奥に悪いムシが入り込んで、中の方から攻撃してくるみたいな感じだ。

「おかしいな…私、どうしちゃったんだろう…」

思い当たる節はある…が、それを認めたくない自分が大きすぎて、わざと自分の中からそれの存在を消していた。消えない…のに。

電話でも、メールでもない。声が聞けても、顔が見られない。触れられない。わからないけど、とても会いたい。会って、言葉を交わしたい。

「…ばかみたい。会えない、のに…」

また零れ落ちそうになった涙を右手でぬぐって、立ち上がる。歩けば、少しは楽になるかもしれない、と。だがその考えは甘かった。歩いていたらすれ違わないかな、とか、電話が鳴らないかなとか。期待ばっかりしてる。ほんとばか。

「アンジェロ」

彼の名を口にしてみる。“天使”という意味だそうだが、彼は本当に天使みたいだ。美しく、気高い。かっこいいのに、かわいい。それなのに、怒りんぼで。
ほらまた、考えはじめてしまった。止まらない、思考回路。会いたくて、その髪に、頬に、触れたくて。キスを、してほしくて。

最後に会ったのはいつだったかな。遠距離だって。ガマンするって。約束したのに。

「会いたいなあ…。会いたい、よぉ…」

想えば想うほどつらくなって、ボロボロと涙が落ちた。辺りはすでに暗くなっていて、星がたくさん瞬いていた。綺麗だった。
マンションまであと少しなのに、たどり着けない。ものすごく遠く感じる。そんな私を抱き上げて、部屋までつれていってほしかった。その、細いのに力のある、白い腕で。

「こんなところに座り込んで、何をしているのだ」

夢かと、思った。
ついに幻覚を見てしまったかと思った。

声のした方を向くと、眉間にシワを寄せ、真剣な顔をするアンジェロがいた。アンジェロは私の腕を引っ張って立ち上がらせると、そのままの勢いで私を抱きしめる。温かくて、アンジェロの匂いがして、すごく安心した。

「会いたかった」

耳元で囁かれ、そこが熱くなる。久しぶりに感じるこの感覚。忘れかけていた感覚が、よみがえる。

「私だって…会いたくて、会いたくて…」

「だろうと思ったさ。泣いているのだからな」

涙が止まらない私の髪をゆっくりとなでるアンジェロが、どうしようもなく愛しい。
鼻をすすりながら涙を必死に拭う私の顔を両手で包み込んだアンジェロが、目尻にやさしくキスを落とす。涙の跡をなぞるように、そっと。

「泣くな」

その言葉に応えるように、必死に涙をこらえる。そんな私を見て、彼はくすりと笑った。久しぶりに見れる、笑った顔。今日ばっかり、こんなにやさしい。
徐々に近づいてくるアンジェロの顔に、思わず目をつぶる。すぐに触れあったくちびるが、そのキスが、とても甘くて、とろけそうだった。

「あまり外にいると風邪をひく。帰るぞ」

そう言ってさしのべられた彼の大きな手のひらに、自分の手のひらを重ねる。今、とても幸せだ。今朝のもやもやが、さっきの涙が、嘘みたいだった。
さみしくて泣いてたのに、今はうれしくて泣いてる。
アンジェロには、いつもかなわない。

「…だいすき」

無意識に口にしていた言葉がアンジェロの耳に届く。そしてそれは、すぐに次の言葉に変わった。

「愛している」



あなたに会いたい夜
こんな日もあるよね


a love potion