純白の花嫁さま


「結婚しないか」

それは、突然のことだった。
いつも通りデートで街中をぶらぶら歩き、買い物をし、ディナーを食べるためにレストランへ入ったときのことだった。
唐突に言われすぎて、驚くことしか出来なかった。

「えっ、わっ、私!?」

「わたしの恋人はおまえだろう?」

「ほんと、に……?」

付き合って2年。互いに互いをどんどん知りたくなって、触れたくなって、求めあっていた。出会った時からは考えられないくらいアンジェロは優しくて、そんな彼にどんどん惹かれていた。今日だって、普通にデートだけで終わるものだと思っていたのに。

「うれしい……だいすき、アンジェロ!」

「わたしもだ」

微笑み合い、これが現実なのだと実感する。今にも泣きそうなくらい、目頭が熱い。人生で初めての嬉し泣きかもしれない。下を向いていたら、アンジェロに髪を撫でられた。

「今度の休日、ドレスを見に行く。いいな?」

私は大きく頷いた。もうそんなところまで準備してくれていたなんて。こんなに仕事の早い人が他に居るだろうか。それに、そんな予約までしちゃうということは、私がプロポーズを断らないことを前提にしてあったということで。でも本当に大好きで、愛してるから、そうしたんだろうな。

食事を終えると、手を繋いで店を出て、暗くなった街の中を歩く。秋の少しばかり冷たい風が頬を掠め、髪をなびかせた。

「寒くないか?」

こちらを向き、聞いてくれる紳士。
ほんとに変わった。あんなに怒りんぼで、いつもどこかピリピリとしたカンジを纏っていたアンジェロが、私のために、私なんかのために、尽くしてくれる。それに、彼の中の特別な存在になれたことが、私にとっての奇跡だ。

「寒くはないかな。でも、もっとくっつきたい気分」

「今日はやけに素直だな」

「アンジェロがプロポーズなんてするから…」

私が言うと、アンジェロは小さく笑った。私の髪を繋いでない方の手でわしゃわしゃすると、「ではお互い様だ」と呟いた。

「お互い様?」

「ああ、そうだ。わたしもくっつきたい気分だからな」

そういうことか!心中で納得すると、繋いでいる手に少しだけ力を込めた。大きくて温かい掌はそれを受け入れてくれて、心が通じあっているという嬉しさに思わず頬が緩んだ。

「今日は一緒に帰ろう。明日からまた、しばらく仕事だろう?」

「うん、そうなの……」

「そんなに寂しがるな」

困ったように微笑んだアンジェロが私の頬に優しくキスを落とす。続きは帰ったらな、と囁けば、私の顔はみるみる熱を持っていった。

「すごーい!いろいろなデザインがあるのね!」

あっという間にその日を迎え、私はアンジェロとドレスを見に来ていた。
本当にたくさんありすぎるドレスを見て、目移りしてしまう。

「お前が着たいと思うものを着ればいい。何を着てもどうせ似合うのだろう?」

わたしには選ぶ権利はないからな、と言ったアンジェロも心底嬉しそうで、あぁ、本当に結婚するんだなあって、また少し実感がわいた。

「アンジェロはどういうのが好みなの?露出多めのもの?それとも控えめのこういうの?」

「それをわたしに聞くか?」

困ったような顔をするアンジェロがなんだか可愛く、繋いでいた手を離し、腕を組む。この方が、距離が近くて好きだった。

「いろいろ着てみた方がいいかな?やっぱり私に似合うものをアンジェロに選んでもらいたいし…」

「そういうことなら選ぶが?」

「うん、じゃあ選んでね!」

並べられているものすごい数のドレスを片っ端から見ていき、ひとつひとつ選んで着てゆく。そんなことをしているうちに、どんどん時間は過ぎ、あっという間に夕方になっていた。
決定したドレスは、純白の、コルセットがついたドレスだ。いくつもの薔薇の飾りが付けられていて、アンジェロを連想させたことが決め手になった。アンジェロは心なしか照れながら似合うと言ってくれたので、私も恥ずかしくなった。

「最高の結婚式にしようね」

「ああ」

帰り道は暗くて、月と星が綺麗だった。
人通りの少ないところまで来ると、ふと愛しくなってアンジェロの髪に触れる。
それに気づいたアンジェロが屈んでくれて、触れるだけのやさしいキスを交わした。
ちゅっ、と鳴ったリップ音は、今のふたりを最高に恥ずかしくさせた。

「リリー……」

囁くような声に反応すれば、額、瞼、頬、唇の順にやさしくキスを落とされる。そのやわらかな感触に思わず身じろぐと、アンジェロのおでこと私のおでこがコツン、という音を残して触れ合った。

「そんな顔をするな。嬉しいのだろう?」

「……うん、嬉しい。いま、してくれたキスも、いま触れてるおでこも、アンジェロからの想いだって、そう思ったら嬉しいのに泣けてきちゃった」

「馬鹿が。泣くな」

「う……ん」

いつもと変わらぬ命令口調なのに響きがやさしくて、ポロポロと落ちる涙が止まらない。
その涙さえも拭いてくれて、アンジェロは困っているとわかっているのに、わかってるのに……。

「わたしがいじめたみたいになっているだろうが。いい加減泣きやめ」

「うー……。だって、好きすぎてぇ……!嬉しくて、涙が止まんないんだよぅ……!」

服の袖でゴシゴシと涙を拭うと、アンジェロにゆっくりと抱きしめられ、背中をさすられた。

「嬉しいのか?」

「うん」

「嬉し泣き、ということか?」

「うん、」

「……おまえは、ほんとに………」

「な、によ……」

また頬を伝った涙が、服を濡らした。次の言葉を待っているのに、なかなか言ってくれないアンジェロはいじわる。

「……愛している」

「……うん」

「うん?」

「うん」

「っ、…いい加減、何か言え」

「うん」

はあ、と小さな溜め息がアンジェロから零れた。それはしあわせの溜め息だ、ということがわかったのか、アンジェロが微かにふっと笑った。

「なあ、たまには、リリーからキスが欲しいのだが」

アンジェロの発する「なあ」という言葉がとても好きだった。なんだか、そういうとこだけ男らしくて、ずるいなと思う。

「……いつもわたしからしているだろう。だから、たまにはしてほしい」

私の頬の涙を細く長い指で拭うと、また言う。街頭に照らされているアンジェロの顔がちょっぴり赤く染まっていて、照れてるのだな、と思った瞬間にばっちり目が合う。

「……早く」

ゆっくりと瞼が閉じられる。間近で見るアンジェロの顔は、やっぱりとても綺麗で、長い睫毛、薄い唇に見惚れてしまう。その整った唇が私のそれを待っていて、ますます躊躇われた。

「……ねえ、しなきゃ、だめ?」

「ああ、しなければ帰らんぞ」

むー。っと口を窄めて眉間にシワを寄せる。
一瞬でもいい、触れれば、いい。キスになる。とにかく落ち着こうと思った私は、小さく息を吐いてから、アンジェロの頬に触れた。
ゆっくり、ゆっくりと顔を近づけると、気づけばそれがやさしく触れ合っていた。が、その柔らかい感触に何となく酔いそうになったため、すぐに離した。

すべてがスローモーションになって、目に映る。

目を開けたアンジェロが、優しく微笑む。
彼も、こんな顔、するんだ……。
今までのどの微笑みよりも嬉しそうで、愛おしそうで……。

「……いまので、いいでしょ?これが私の精一杯なの」

顔に集まる熱を誤魔化しながら、必死に言った。
私の髪をくしゃりとまぜたアンジェロから最後にもうひとつキスをもらうと、手を繋ぎ直し、歩き出す。

「なるべく早く、式を挙げる。そうしたら頼むよ」

「なにを?」

「わたしを、いつまでも愛すことを」



純白の花嫁さま
ドレスに、幸せを乗せて




a love potion