独占したいな、と。


彼はとにかく静かだ。
いつも寡黙で、たまにしか笑わない。
そして仕事は完璧で、准将にいつもついているのには適任だった。だからこそ、選ばれたのだろう。当然、忠誠心も素晴らしいものだった。

そんな彼がついさっき、私に話しかけてくるなんて。
普段用事なんてないのに、別段話すことだってないのに、いつものあの表情で、あの声のトーンで、私に話しかけてくるなんて!
たまたま目が合ってしまって、咄嗟に逸らしてしまって、気まずくなって顔が熱くなった。別に彼を意識していたわけじゃないし、かといって異性として見ていなかったわけじゃない。だからなんとなく、意味もなく逸らしてしまったことに後悔した。誤解されたかも、なんて自惚れるなんてことまでして。

「どうかしたのか?」だなんて微妙な台詞でこちらの気も知らずに声を掛けて。



それからだろうか、いつもより近くで彼を見てしまったせいかドキドキが止まらなくなってしまった。一体なんなんだ。あの控えめな髪色や瞳の色や纏う匂いが頭から離れなくなってぐるぐると巡る。
気がつけば見つめてしまっているらしいのが本人にバレて、またもや声を掛けられてしまった。

「最近視線を感じるのだが、私になにか用でも?」

「……あー……そういうわけじゃないんですけど、」

「何も無いなら別に構わないが、何かあるのかと……」

本当にわからなさそうに首を傾げる石動さんを見て、胸が熱くなった。少し、可愛いなあと思ってしまった。

「ふふ、大丈夫です。誤解させるようなことしてすみません」

ペコリと頭を下げ、すぐに顔を上げると少し微笑んだ石動さんがいて思わず瞬きをした。こんな顔見たことない。

「何か?」

「……いや、石動さんもそうやって笑うんだ……って思って」

「……ああ、これは無意識だ、気にするな」

ちょっぴりバツが悪そうに言うと、「また何かあったらなんでも言ってくれ」と言い残して彼はその場を去っていった。


***


それからというもの、不思議なことが増えた。
たまたま資料室で座ったまま寝てしまったとき、肩に毛布がかけられていたり、長時間の任務の後部屋の前に小さな手さげ袋が置いてあったり(中にはお菓子が入っていた)。マクギリス准将が「最近石動が忙しない」と呟いていたのを聞いて、もしかして、と思った。

「石動さん!」

呼び止めるのも少し申し訳なかったけど、もし本当に彼だったのならお礼を言わなければ。

「あの、最近私の身の回りに不思議なことが起こるんですけど、もしかして石動さんですか?」

「不思議なこととは?」

自分で言っておいてあまりに抽象的なことを気づき、言い換えてみる。

「例えば、毛布!毛布かけて下さったり」

「ああ、それは私だ」

「あと、お菓子置いといて下さったり」

「……それも私だ」

相変わらずあまり表情を変えずに、控えめに返事が返ってくる。

「それにこの間、私が補充しようとしてた物資……」

「……私が頼んでおいた」

ビンゴ。
流石の石動さんも苦笑をこぼす。バレてしまったか、とでも言いたそうな顔だ。
なんだか嬉しくなって自然と笑ってしまった。

「いろいろありがとうございます!なんだか私のこと気にかけて下さってるみたいで……」

「……気になるから、当然だ」

まさかそんな言葉が彼の口から出てくるとは。
一瞬時が止まった。

「え?」

確認したくて訊き直す。すると今度は困ったような顔を浮かべて石動さんは言う。

「なんだか放っておけないんだ。まあ私の個人的な意見だが」

くるりと身体を完全にこちらに向けて、持っていた端末ごと腕を下ろした。垂れ目がちな彼の目が、私を捉えて離さない。柔らかそうな茶髪がふわりと揺れる。驚いて息が止まった刹那、彼はやさしく私の髪に触れた。

「石動、さん……?」

いつもはこんなこと絶対にしないのに。
頬に何かがふわりと触れて……。





***



「……二人でいるとは、珍しいな」

「っ、……そうですね」

准将に見つかった。咄嗟に顔を離した石動さんが返事をする。
顔と顔……所謂、くちびるとくちびるがくっつく寸前だった。驚いて思わず固まる。

「本当にそういう仲だったとは。なんとなく察してはいたが、まさかと思っていた」

口元に笑みを浮かべて准将は言う。

「いや、あの、違います……!石動さんとは、」

「……申し訳ありません、隠していた訳ではありませんが、“そういう仲”……になろうかと思います」

「いいのだよ、君たちの場合恋愛は自由だ。特に咎めるつもりは無いさ」

「ありがとうございます」

脳みそが追いつかないうちに事が進んでいる。二人で繰り広げられる会話に入ることすらできない。

「たまたま通りかかっただけだったが、どうやらお邪魔してしまったようだ。私はこれで失礼するよ」

「……はっ」

にやり。また意味深な笑みを浮かべて准将は去っていく。なんという場面を見られてしまったのか……動揺と緊張で鼓動がはやい。

「……済まない。だが、私は本気だ」

振り返ってすぐに真っ直ぐに向けられた視線を受け止めて、顔が火照る。視線を逸らせばまたされてしまう気がして……その緊張からか彼の目に釘付けになる。

「……何か言ってくれないか。嫌でもなんでも、君の言葉を聞きたい」

表情はこんなにも変わらないのに、どうしてそんなに優しい声で。

「……嫌、なわけないんです。私、最近ずっと石動さんのこと考えてるし……」

手のひらをきゅっと握る。こんなこと、誰かに言うの初めてだ。

「そうか。……では、」

彼はその長い腕を私に向かって伸ばした。そしてそのまま、包み込むように、まるで壊れ物を扱うみたいに、ふんわりと私を抱きしめた。
耳元に彼の息遣いが聞こえる。身長の差がこんなにあるのに、どうしてこんなに近くに聞こえるんだろう。

「好きです」

囁くような声がした。

「このまま、あなたを独り占めしたい」

石動さんのような人にも、そういう想いがあるのか。
真っ先にそんなことが浮かんだ。

「……はい、あなただけの私にしてください」

そう言うと、回された腕の力が強まった。






独占したいな、なんて
そんなこと秘密。



a love potion