ときめいたら負け無し


好きになってはだめ、好きになっては、だめ。

そう思ってしまう時点でもう、恋には落ちているのに。気になって仕方ないのも、少しでも同じ空間にいたいと思うのも、きっともう好きだからだろう。
見掛けては見とれてしまう自分に呆れつつ、たまに視線が絡めば逸らしてしまうの繰り返し。気づかれてはいないだろうか、しかし、気づかれていた方がいいかもしれないとも思った。

「気になってしまうようだな」

後ろから声を掛けられ、びくりと肩が震えた。

「じゅ、准将……!」

眩しい金髪をなびかせたマクギリスが、私と同じくらいまで屈んで、こちらを見て含み笑いをする。

「私の副官だ、惚れるのも無理はない」

「……はい、素敵なお方です」

「……そうだな。少し、堅すぎるかもしれんが」

姿勢を直し、彼は石動、と副官を呼び止める。
少し離れたところで真っ直ぐに立っていた石動が「何でしょう」と言ったのを皮切りに、しばらくふたりは話をしていた。
ああやって話せる准将を、少し羨ましく思った。


「いたっ、」

躓いて転んだ。今日はツイてない、そんな気がした。
いつも平気で乗り越える段差にすら躓いて、両手をついて転ぶなんて恥ずかしい。誰にも見られていないようで助かった。万が一見られていたとしたら顔から火が出るほど恥ずかしいと思った。

そんな調子で角を曲がったら誰かにぶつかって、バランスを崩して咄嗟にその人の腕を掴んでしまった。

「あっ、申し訳ありません……!」

慌てて手を離して頭を下げると、「気にしなくていい。それより、大丈夫か?」と低い声が聞こえた。
「顔を上げろ」と言ってくれたので顔を上げれば、そこには石動がいた。

「い、いするぎさんっ!」

驚きすぎて大きな声で名前を呼んでしまったし、いろいろな感情が混ざって心臓がバクバクとうるさい。そんな私を見て彼は首を傾げる。

「怪我はないな?」

「あっ、はい、ありません!ありがとうございます……!」

「……大丈夫か?」

大きな瞳でそんなに見つめられたら、私の体に穴があいてしまう……。きっと顔は真っ赤だし、なんというか、いろいろと恥ずかしい。軽くパニックになってしまって手のひらで口元を隠そうとすると、その手をパシッと掴まれた。

「手が切れているようだ。医務室へ行こう」

「あれ?いつの間に……」

手のひらに少しだけ血が滲んでいる。今の一瞬でよく見つけられたなあと感心している間に、ぐいっと手を引っ張られる。

「……転んだりしたか?」

「え、はい。石動さんにぶつかるちょっと前に……」

苦笑いをしながら彼から視線を逸らすと、彼は小さく笑った。

「思っていたより、愛らしいところがある人だ」

そう言うと、手を引かれ医務室まで連れていかれる。
いま、愛らしいって言った?
目を瞬きながら手を引かれるままに歩く。気がついたら医務室に着いていて、椅子に座らされた。
消毒をされ、絆創膏を貼る。そんなに深い傷ではないのに、彼は丁寧に施してくれた。

「ありがとうございます……」

胸の奥が熱くて、嬉しい反面とても恥ずかしくて、どうにかなってしまいそう。このまま蒸発してしまえたら楽だろうなとすら思った。

「このくらいなんてことない」

石動は微かに微笑んで私と目を合わせる。しばらく見つめられて、恥ずかしくなってしまって耐えられず目を逸らそうとすれば、頬に手が触れた。

「いす、るぎさん……」

彼は何も言わない。自分の顔がどんどん火照るのがわかる。こんなにやさしい瞳で見つめられるなんて。どうしたらいいんだろう……。
尚も見つめ続けるので、抵抗するすべもなく半ば諦めかけていたとき、石動は手を離した。

「……顔が赤くなっている」

「え、はい……だって……」

「いつも准将と話すときにも見つめられているはずだが、准将のときはならないのか?」

「う……」

流石に鋭い。なんてったって彼は優秀だ。ああもう、バレてしまっているのかもしれない、なんて。

「それは、いす、石動さんだから……」

「私?」

低い声で呟く彼は不思議そうな顔をする。
恋愛事に関してはこと鈍感なのだろうか?とも思ったが、ありえない話ではなさそうだ。
絆創膏を貼ってもらった手のひらを眺め、小さく深呼吸する。言ってしまってもいいかもしれない……けれど、もし、言ってしまって今の関係が崩れてしまったら。それを考えると、打ち明けるのが怖い。
どうしようかと悶々と考えるうちに、自然と難しい顔になっていく。反面、心臓はより一層音を立てて激しく動く。

「ストップだ」

いつもの真顔に戻って、石動は言った。
途端に空気に緊張感がはしって、私は唇を噛んだ。

「……もし、君の気持ちと私の気持ちが同じならば、互いに言いたいことは同じだろう。そして、私は今君の気持ちに確証を得た。それがもし違っていた場合は、素直に拒否してほしい」

そう告げると、石動は私をもう一度見据えて、ゆっくりとした動作で立ち上がり、そして、私の身体をほんとうにやさしく抱きしめた。
髪を撫で、小さな声で「ずっと好きだった、」と色気を孕んだ声音で伝えられる。どうして。どうして彼が、私を。

「……私も、ずっとずっと前から大好きです」

腕を彼の背中に回し、抱き締め返してみせる。
目頭がツンとなって熱い、涙がこぼれそう。

「ならば、私とお付き合いしてくれませんか」

身体を少しだけ離し、彼は私の顔を覗き込んで言う。もちろんです、当たり前です、よろしくお願いします、と震える声で彼に伝えると、またやさしく笑った。




後日、マクギリスに報告すると大変嬉しそうに反応してくれて、「頑張れ」と背中を押された。お礼を告げるとにこにこしながら「これからが楽しみだ」なんて言うので、思わず恥ずかしくなった。

「准将」

そこへ石動が現れて、この嬉しそうな空気に圧倒されている。

「い、いかが致しましたか?」

「石動、彼女を大事にするんだぞ」

「……は?」

珍しく戸惑いを見せる石動を見てマクギリスと二人で笑う。それを見てあっという間に察したらしい石動は、バツが悪そうに困った顔をする。

「なぜ、知っているんです」

「私とリリーはそれなりに長い付き合いなのを忘れたか?」

はあ、と溜息をつく石動に、満面の笑みを浮かべるマクギリス。この状況がなんだか楽しくて笑ってしまう私。

「石動は紳士だ、きっと大切にしてくれる」

マクギリスが楽しそうに言うと、石動は少しだけ頬を赤く染めた。





ときめいたら負け無し
もうなにもこわくない。






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