真相は君が食べた

それは、ランチ中に聞こえてきた会話である。

「彼氏が欲しい〜」というひとことから始まったそれは、共感の嵐だった。そのテーブルには4人の女性士官が楽しそうに食事をしていたのだが、日頃の仕事の忙しさに恋をする暇すらない、という内容だ。やがてそこからますます話は盛り上がり、趣旨が変わって「誰が素敵か」というものになっていった。

「私はロイエンタール提督一択!」

やはりいちばんに挙がる名は、金銀妖瞳のロイエンタール提督。

「あぁ〜、かっこいい!でも私らなんかが手に入るお相手じゃないから……」

「だから良いのよ。でも一時的にでも、その心を独占できるならしてみたいわ」

そうそう、と言いながら溜息を漏らす女性士官たちの声は悩ましい。なかなか面白いので、私は不思議と聞き入る。

「私はキルヒアイス提督かな。あの何とも言えない優しさが素敵ね。あと、ふわりと笑う姿は魅力的!」

「わかる〜!一度だけ食堂でお会いしたことがあるけど、緊張しちゃってまともに話せなかったわ……」

このふたりが圧倒的人気のようである。
次点でラインハルトさまの名前が挙がるが、繊細そうな彼の人となりはどこか近寄り難い雰囲気を持っているので、憧れの俳優に寄せるそれと近いらしい。また、ビッテンフェルト提督の猪突猛進さが可愛らしいと評するものもいるし、ミッターマイヤー提督の愛妻家ぶりが素敵だという声だってもちろんあった。

「あと、オーベルシュタイン総参謀長閣下の部下の、」

「「フェルナー大佐!」」

「かっこいいわよねえ〜、美形だし、女性に優しいし、しかも仕事もできる!」

なるほど、と思った。
確かに後方勤務の女性士官からしたら、最も関わりがあるし、なによりフェルナー大佐はモテる。

「この間書類を提出しに行ったとき、目が合って思わずうっとりしちゃった」

「いいなあ!私も今度機会があったらフェルナー大佐の決裁貰いに行こうかしら……」

再び4人の間では溜息が漏れる。
少しわかる、と思いふと口元が緩みかけたとき、次に彼女たちの間で出た名前がまさか、恋人のものだったので、無意識に真顔に戻ってしまった。

「あ、あと個人的には、ミュラー提督も素敵だと思う」

「あ〜!わかるかも!いちばん若いし、優しいし、爽やかな笑顔がいいわね。それに平民出身だし、独身だし、手が届かない相手ではなさそう……」

まあそうだろうな、と。そう思えるのと同時に、聞いてるだけで言葉にならない思いがこみ上げてきて、私は思わず席を立った。


***


「……ってことがあったの」

「それは、面白い話を聞いたね」

「途中まではね」

今日もいつものように、彼と元帥府の正門の前で待ち合わせてそのまま車に乗り込んだ。ミュラーが自動運転に切り替えた運転席の後ろ、私は彼の隣に座る。
ランチ中に遭遇したこんな会話のことを話せば、ミュラーは砂色の瞳を輝かせて楽しそうに笑いながら私の髪をひと撫でする。

「そういう話を聞くのは新鮮だし面白いけど、あなたの名前が挙がったときは思わずドキッとした」

むくれる私を見ながら、ミュラーはやさしい視線をこちらに送る。そんな彼の瞳が、私は好きだ。

「帝都の女性たちがロイエンタール提督に心奪われている中、アンネは私を好きになってくれてとても嬉しいよ」

いつからか私は、今は一、提督であるミュラー大将の心を掴んでしまった訳だが、その彼の紳士的な態度だったり、温厚で優しい素敵な人となりに私も心を奪われてしまったのだから、驚いた。しかしこの関係は今のところ周りに知られてはいないのだが。

車はミュラーの官舎に向けて走る。今日は日々の激務で疲れている彼に料理を作ってあげようと思っていた。無論、自慢できるほどの腕前ではないし、もしかすると独身一人暮らしのミュラーの方が料理が上手かもしれないというのに。それでも彼は、作ってくれることが嬉しいらしい。めいっぱい喜んで平らげてくれる。私は彼のその笑顔が好きだった。

短めに揃えた襟足、右斜め下に向かって流れる前髪の隙間から覗く凛々しめの眉。対する瞳は垂れ気味で、彼の人となりをよく著していた。普段は引き結んだ唇も、私の前では穏やかに弧を描く。すらっとした軍人らしい体躯、大きな手のひら。その手のひらに髪を撫でられたとき、意識がどこか遠くへ行ってしまうのではないかというくらい、胸が高鳴って仕方ない。


「そういえば、キスリング大佐の名前が出なかったのは、意外だったね」

ふと、思い出したようにミュラーは言った。
夜も更けて、ワインのビンがひとつ、もうカラになる頃だった。

「そう言われてみれば!親衛隊長だし、人気ありそうなのに」

「後方勤務の女性からすると、あまり見かける機会が少ないのだろうか……?前線ならともかく」

何やら彼が真剣に話し始めたので少し可笑しい。

「それは、そうかも。やっぱり目立つのって提督方だし」

「そのわりに、フェルナー大佐は人気のようだね」

「ほんとに。でも美形だし、人気があるのもわかる気がするわ。それに、私たちがいちばん関わるからというのもありそう」

そう返すと、目の前の砂色の瞳が少しだけ揺れた。そして頷きながら、そのまま困ったように笑って下を向く。わかりやすいなあと思い、すぐに訂正してみると、ぱっと嬉しそうに砂色が輝くので、つられて微笑んだ。

「さて、今日はもうお開きにしよう。明日も早いのだろう?」

「どちらかと言えば、ナイトハルトが、ね」

「はは、そうだ。……同じ官舎から出勤したら、ちょっとした騒動になるかな?」

「私は、今日みたいな噂をされるくらいなら、この関係がバレた方がハラハラしないで済むわね」

笑っておどけて見せるとミュラーも笑って頷いた。
そのまま、手を繋いで一緒にベッドにダイブすると、向かい合って微笑みながら目を閉じ、ふたりともゆっくりと夢の世界へ落ちていった。



次の日、朝早く共に元帥府に出勤すると、いちばんにロイエンタール提督に見つかって意味深な笑みを浮かべられた。よりによって、だった。
まあしかし、それも、いいかもしれない。


a love potion