Prologe

最近このマンションに引っ越してきた私は、部屋の片付けもそこそこ、街の探索をしていた。
実家のある街よりだいぶ賑やかで、都会だなあと思う反面、田舎が少し恋しくなったりもした。が、慣れてしまえば問題ないだろう。ただ、どうしても周りに建物ばかりなのは窮屈に感じて、緑を求めて公園を探して一休みしながら買い物をして帰宅することにした。
エントランスに並ぶポストに詰められた手紙を拾ってからエレベーターに乗り、4階へ向かうためにボタンを押す。何故4階に住もうと思ったかというと、単純に他が空いていなかったのと、あまり高層が好きではないから、だ。

エレベーターを降りて、少し歩いてドアの前まで来ると、お隣さんのドアが開いた。

「こんばんは」

そういえばいつも留守で挨拶をしていなかったな、と思い、声を掛けた。
隣人は背の高い、砂色の髪の、若い男性だった。

「あ、こんばんは!先日引っ越してこられた方ですよね」

「はい、スティーって言います。よろしくお願いします」

「ミュラーと申します。こちらこそよろしくお願いしますね」

ふわりと微笑んだその表情があまりにも優しげで、ほんの少しだけ胸の奥があたたかくなった。

「今からお出かけですか?」

「ええ……急に仕事が入ってしまって」

「……大変ですね」

既に夕刻を回っているというのに。そう思い、思わずそんな風に返した。
そんな私に「ええ……」と眉尻を下げながら答える彼の手から不意に鍵が滑り落ちて、反射的に私はそれを拾おうと手を伸ばした。すると、彼も同じように手を伸ばしたため、お互いの指が触れ合ってしまった。

「あっ、すみません!」

先に謝ったのはミュラーだった。

「いえ!こちらこそ余計なことをしてすみません!」

慌ててこちらも謝り、掴んでいた鍵を彼に向かって差し出した。彼の男性らしい大きくて骨張った指がそれを受け取ると、申し訳なさそうな顔で私を見るので、「お気になさらないでください」ともう一度念を押した。

「ありがとうございます。ではすみません、私はこれで」

ぺこりと頭を下げると、足早に彼はエレベーターへ向かっていった。
その後ろ姿がどうにも頭から離れなくて、その日の夜、私はいたたまれない思いでいっぱいだった。

「403号室」に住む、隣人のこと。


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