「たまには、信じてくれてもいいと思うがねえ」
先程までの賑やかな雰囲気も、お酒が回って楽しくなってしまった人たちが帰って行ったら途端に消えた。
どうしてか今、私は直属の上司───フェルナー准将とふたりで、すっかり静かになったカウンターに腰掛け、グラスに入った残り少ないお酒をあおっていた。
「……何をです?」
「ん?いやさ、俺の事」
相変わらず軽い口調で話すが、決して悪い人ではないし、嫌いでもない。
「信じられてないと、お思いですか?」
「……ああ、どちらかと言えばね。でも、俺はそんな卿が嫌いじゃない」
「……はあ」
にこりと笑って私を見る彼。そんな彼に曖昧な返事をして、私は手元のグラスを見つめる。
「好きだ」
それは唐突だった。
驚きのあまり絶句してフェルナー准将を真顔で見つめてしまった。しかし彼は一切動じず、変わらずにこにこと私を見つめ、「聞こえなかったのか?」だなんて言う。お人が悪い。
「……フェルナー准将」
「俺は卿が好きだ。女として。いやそんな、そんな顔をするなよ。美人が台無しだ」
いったいどんな顔をしているのだろう。“そんな顔”と言うくらいだから、きっとひどい顔なのだろう。自分ではわからない。ただ、嬉しいような、嬉しくないような、複雑でもやもやとした感情だけが胸のあたりに残る。
「それは、その、からかってらっしゃるわけではないのですよね?」
「俺は本気だがねえ。ほんと、信用ないなあ……」
はあ、と小さく溜息をついて彼はグラスにウイスキーを注ぐ。こちらのグラスにも注ごうとしたので咄嗟に拒否しようと思ったが、うまく手が動かなくて結局なみなみ注がれてしまった。
この感情の行き場に困る。私は、フェルナー准将を“男性として”意識したことがあっただろうか。いや、決してないわけではないらしい。でなければ、こんなふうに息が詰まるような思いをすることはないのだろうから。
「正直、准将のことをそんなふうに見たことがなくて」
「なら、見てくれればいい」
「いつも、何を考えてるかわからない上司だなあとか思ってましたし、」
「それはひどいなあ。いくら俺でも悲しいぞ」
「でも、素敵だなあと思ったことは、ないことはないです」
「……ほう?」
今、言わなくてもいいことを言ったような気がする。フェルナー准将が意地の悪い笑みを浮かべている。彼の右腕がこちらに伸びる。抵抗する間もなくぐっと肩を引き寄せられて、准将の温もりを感じる。彼の長い指は、私の髪をまぜている。
「俺の女にならないか?」
もう一度、確かに紡がれた言葉。
低く、色っぽい声でそんなふうに言われれば、全身に電流が走ったみたいに痺れてしまう。嫌だと彼の手を振り払うことだって可能なはずなのに、そうしないということは、私の心は決まっているのかもしれない。ただ、今までずっと無意識のうちに押し殺していたのだろうか?この感情を、しまっていたのだろうか?
「……准将」
「なんだ?」
「私の、」
伝えようと顔を上げた刹那、その薄いくちびるが私のくちびるに触れた。彼との初めてのそれは、アルコールのせいもあってひどく酔ってしまうものだった。