「おはよ「おはようもふこちゃん!」
いつも通り元気よく本部に飛び込んでいけば、いつも以上に楽しそうな松田さんに被せ気味で挨拶された。続いて、

「もふこちゃん、チョコ頂戴!」

なるほどストレート。たしか、今日はセント・バレンタイン・デー。なるほど、なるほど。そう言えばそうだっけ。

「松田さん、残念。私がそういうイベント苦手なの知らないの?用意するはずがないじゃん」
「えー!世の中にそんな女の子いるの…」
「ほらほら、そういう認識が苦手なの。」

うんざり顔でぺぺっと手を振ってあしらうと、あからさまに残念そうな顔をされた。嗚呼、今日に限って松田と本部だなんて、災難だ。いつもなら叱ってくれる局長もいない。災難、災難。でも、今日一番の災難は、他にある。

「おはようございますもふこさん」
ほらきた。隈を目の下に蓄えたこの男が。
「おはよう竜崎」

私は何もない風に自分のデスクに向かう。
しかし振り払えない竜崎の視線。
仕方なしに振り向いてやる。

「…まさか竜崎も、チョコ、期待してたとかじゃないですよね?」
「していますが」
当たり前の顔で返されてしまった。しかも現在形。なんてやつ。

「残念ですが、ないですよ…」
「照れなくても良いんですよ」
「そ、そうじゃなくて…」
「ああ、松田さん。署から取ってきてもらいたいものがあるので、行ってきてもらえませんか」
「え、いま相沢さんが向こうに」
「行ってきてもらえませんか」
「…う、は、はい」

嗚呼、見事に松田さんを追い出してしまった。最悪。災難。
ばたん、と不服そうな音で閉まったドアを見つめる。寒い中ごめんね、松田さん。私が悪いわけじゃないけど、なんか罪悪感。

「もふこさん、」
間髪入れずにそう呼ぶ声に、ぎこちなく振り向くとひどく誇らしげな顔をした竜崎がいた。

「その鞄に入ってるもの、何ですか」
「え?」
私の鞄を見やれば、今朝買った板チョコが顔を覗かせていた。しまった。時すでに遅し。

「ああ、下で買ったんですさっき」
「私に?」
「は、」
なに言ってるんだこの上司。
驚いて彼を見ると、絶対に思い通りにさせようという強い意思が見え隠れ。いや隠れてない。丸出し。
暫くの間、沈黙の中睨み合ったが、竜崎の態度は崩れない。なるほど、私が折れなくてはならない、ということ、かな。

「竜崎」
「はい」
「これ、ビターですけど、良いんですか」
「ビターもすきです」
「その前に、こんな板チョコなんかで良いんですか」
「もふこさんから貰えるのなら、なんでも」
「……」

むかつく。
むかついたから、両手を揃えて前にだしている竜崎に向かってチョコを叩き付けると同時に、ハッピー・バレンタイン!なんて柄にもないことを投げやりに目一杯、叫んでしまった。


セント・ビター


板チョコで良いなんて随分安上がりね、なんて思ってから、少し嬉しくなった。



 


-Suichu Moratorium-