「こんにちはー」

「あー、こん、…にちは…」

「どーですか?今日は良く釣れます?」


振り返ってみれば、帰り道の途中なのかいつもの制服でいつもの学校鞄を持ったもふがいつもの、いい意味でのふやけた笑顔で立っていた。

「俺のいる場所、よく分かったね」

「仙道がさぼるとしたら、釣り。海沿いをずうっと歩いてきたら、偶然見つけたんだよ」


どっこいしょ、と声を出しながらコンクリートの淵に腰を下ろした彼女は、足を海の方にぶらぶらと投げ出して海を覗き込んだ。


「いつもここに来てるの?」

ほら、部活サボってるときにさ。と聞いてくるから、サボりじゃなくて息抜きねと訂正を入れてから、そうだよと答えた。
それから思い付いたことを付け加えておく。

「あ、そうだ。この場所、誰かに教えたりしないよーにね」

「え、あー、うん、大丈夫!バスケ部の奴等には絶対教えたりしない!」


「…いや、ほら、ここ、たくさん釣れるからさー、誰にも教えたくないんだ。釣りやる人とかにね。混んじゃうから」


ぽかんとした彼女の顔がこっちに向けられる。
何でだろうと考えながらじっと見てると、次の瞬間、それがキッとしたものに変わった。

「おい陵南エース仙道!部活に対する罪悪感は無いのか!!釣り・ダイナリ・バスケなのか!このドあほう野郎!!」

「えー、俺エースじゃないしなあ」

「いや、あんたは正真正銘エースです!誰に聞いてもそう答えます!」

「いやいやー、フッキーでしょ、うちのエース」

「まあ、フッキーもそうかもしんないけど、メインは仙道、あんただよ!」

「そーかなぁ」

「ウン、絶対そう」

「じゃぁ、まあ、そーいうことで」


「うん」

「うん」



「…仙道、なんか虚しいよ今の会話。てか論点ずれてたよ最初の方から」

「そう?まあ良いんじゃない?」


こちらに向けられた若干非難めいた視線を横目に、思わず俺は微笑んでしまう。
あー、くそ、こんな雰囲気で二人っきりなんて最高だ、ほんと。


「…おっ、きたきた」


「、魚?」


ずるずると水面から浮かび上がる、濃い紺色の影。
水滴がばしゃばしゃと跳ねる。


「わー、でっかいね」

「そう?」

「こんなの、岸で釣れちゃうんだね」

「まー、ここ深いしね」

「そっかー。これ、なんて魚?」


「魚」

「え?」

「だから、サカナ」

「いやいや、種類とかさ」

「わかんない。まー、サカナには違いないってことで」


「…釣り好きな癖に、随分適当だね」

「釣れればおーるおっけーだ。実際釣りすることだけが楽しいんだし、っと、」


ずるっと引き上げる俺には分からない種類のサカナ。


「おー、さかなさかな」

「おう、さかなだ」

「うんうん。これ、食べるの?」

「あーいや、」「おい仙道ォオォッ!!!!」


「あ、越野くんだ」

「あちゃー、来ちゃったか」

いつもより早いなくそー、と呟くとそうなの?ともふが首を傾げた。

彼女は立ち上がる俺につられるように立ち上がり、サカナを海に還そうとすると近寄ってきて足元の海を覗き込んだ。

「おー、泳いでく」

「ね」

「あ、ねえ。越野くんが鬼の形相で猛ダッシュしてくるんだけど」
「せっかく二人っきりだったのにな?」




「…え、」


「おい仙道!お前、わざと部活ある時だけ釣りするのか?そうだよなわざとだよな?!」

「まさか。これはちょっとした息抜きだって毎回言ってるでしょ」

「毎日息抜きはおかしーだろおい!」

「はいはい、もう行くから越野。さ、もふも行こう」

ちらっと振り返ってみれば、顔を若干赤くしたもふと目があった。
あ、逸らされた。


「、うん」


あー、こういう表情も良いなと思う俺は所謂恋の病というやつなのだろうか。
なんかそれもベタなもんだな、と思っていると今の俺にとって悪魔的存在の越野が怒ってきたので、ばちんと背中を叩いてから先に行けと言ってやった。(勿論何か言いたそうな顔をされたが、絶対行くしジュース奢るよと言うと走って行ってくれた。)


「…もふ、また来てよ。いつもここにいるから」


「ヤダ」


照れてるなー、なんて自惚れたくなるよな、この態度。


「何で?」

「…なんとなく?ですか?」

「いや俺に聞かれてもね」



そうだよね、とようやくいつもみたいに笑ってくれた。


「じゃああれだ、」

「ん?」

「釣りがつまんないなら、どっか違うところでも行こうか?」


越野が来ない所にでもさ、と付け足すとまたもふは、あの照れるような顔をしてきた。


「…部活じゃない時なら、釣りでもいーよ」

「!…そりゃうれしーな」

「あ、仙道てれた」

「照れてないよ」

「照れてる照れてる」

「まあ、何とでもどーぞ。とりあえず、今度、…遊ぼう」

そう言うと、彼女は頷いてくれた。デートって言うにはちょっとあれかな、と思ったから、遊ぼうなんて軽い言葉を使ってみたけど良かったのか。

ちらりと隣を見ると、楽しそうに海を覗き込むもふがいた。
ああ、正解だったのかも知れない。下手にデートなんて言うと、逃げちゃうから。
彼女が逃げないように、ゆっくりゆっくり近づいていこう。
俺の好きな釣りに似てるって言うのもアレだけど。



水槽とは




 


-Suichu Moratorium-