そこらじゅうでおはよう、おはよう、と余所余所しい挨拶が交わされているのが聞こえてくる。
私もクラスの人に、適当に余所余所しい笑顔と挨拶をばらまいてから自分の席についた。
窓側の一番後ろというベストポジション。幸運なことに、私は新学期が始まってから3週間、ずっとこの席だ。
「あ…もふさんおはよう」
「おはよーう」
三年生の一学期。
高校生活最後の一年間を楽しめるか否かは、この新学期のスタートにかかっていると言っても過言ではない(と思ってる)。
その為か、誰もが気合いを入れて好印象を与えようと頑張っている(気がする)。
「あっ、もふこ、来てたの!」
のんびりと鞄から教科書やらを出していると、二年生の時から仲の良い友達が駆け寄ってきた。ただならぬ顔で。
「おはよー、うん、今来たんだけど…どうしたの?」
何を呑気に挨拶してるの、と怒られたが、あんたが挨拶してきたから返しただけだ。何もそんなに怒らなくても、とぐちぐち言うと、どうでも良いけど大変なことになったねと言われた。
「え?何?…今日テストあるとか…?それはピンチです」
「あほんだら!違う違う、そういうんじゃなくて!」
「なんだ、良かった。で?なに?」
教えてよ。と急かしてみても、まあその内分かるんじゃない?とか何とか要領を得ない感じではぐらかされる。心底楽しそうな顔でにやにやしている友達を見ると、どうせろくなことじゃないんだろうと思い、聞き出すのを諦めた。
瞬間、その友達の後ろから見知った顔がひょいと現れた。
「もふさん、そこ、オレの席なんだけど」
キラキラした、と言う表現がぴったりの微笑みを湛えて、朝練があったからなのかバスケ部のジャージを羽織ったままエナメルを担いでいる人が立っていた。そう。彼は、翔陽のアイドル、藤真健司。
そう言えば同じクラスだったんだっけ、と考えながら同時に何で此処が藤真君の席なんだ?と思考を巡らせながら荷物を纏める、という脳味噌高速フル回転をさせていると、藤真君が突然声をたてて笑った。
「もふさん覚えてねぇの?ほら先週、席替え宣言してただろ、あの先生」
「…ああ!すっかり忘れてた!そっか、だから此処が藤真君の席なのか」
席替えか、そうか。すっかり忘れていた。
しかも、うちの担任は特殊で、生徒の意見など全く聞かず独断で不定期に籤で席替えをする。つまり、席替えするぞという宣言を受けた翌日の朝は、登校してから一々座席表を見ないと自分の席が分からないのだ。
「あれ、オレのこと知ってんの?」
げ、名前呼んじゃった!と、後悔しても遅かった。ちらりと見上げてみると、あからさまに喜んだ顔をする藤真君。
新学期早々名前覚えているなんて、彼に気がある様でなんかむかつく。
それでも、「あんたは学校のアイドルだから知らないヤツなんて居るわけないじゃん」、とは言えないので、取り敢えずバスケが好きだから知ってるんだと言うことにしておいた。
「へぇー、バスケ好きなんだー」
またもや嬉しそうな眩しい笑顔。
だめだ何これ。これはもう反則でしょ何なんだこの笑顔、もう無理無理私はこれ以上こんな、じゃにーず野郎となんて話せない!と遠巻きに見ている友達にお助けのサインを送るが、そそくさと逃げられた。
くそう。なんて薄情なヤツなんだと奴等の後ろ姿を白い目で追っていると、廊下から藤真君のファンらしき女の子たちと目が合った。
視線が痛い。
こ、ここはどうにか、彼から離れなくてはと本能的に感じた私は、じゃあ座席表見るね、と何となくサヨウナラの雰囲気を出しながら其処を去ろうとした。
しかし。
「え?お前、此処の席だよ」
藤真君のバスケットボールを持つための、わりとゴツゴツした指が。
彼の隣の席を差した。
ああ、新学期早々、私の高校最後の一年間が終了しました。
(?なに疲れた顔してんの?)
(あ、いやあ、あは、ははは)
(ちゃんと寝た方が良いぞお前)
((お前呼ばわりによって、あんたのストーカーからの視線が一段とキツくなってんだよ!!!))
20110917