"新学期"、なんて初々しい雰囲気はどこへやら、ある程度の時間を共に過ごしてすっかり馴染んだクラスメイトは、みんな思い思いの昼休みを送っている。

そんな中、購買からクラスに戻ってきた私を待っていたのは、いつも通りの熱気だった。

「藤真先輩!私あの、先輩のファンで…!」

「先輩これ、よければ使ってください!」

「藤真くん、今度の練習試合、応援行くからね!」

「藤真先輩〜」

「おい藤真そこどいて」

入り口付近で繰り広げられる毎度の騒動の原因に一喝すれば、周りの女の子たちは思った通り嫌〜な顔をする。まあ別に藤真の親衛隊からどう思われようと知ったこっちゃないから気にしないんだけど。
そんな子たちとは対照的に、救いが来た!と見てとれるような態度で私に付いてくるいつものじゃにーず野郎。

「なあもふ、次の英語の予習見してくんね?俺やるの忘れててさ」
さっきなんてイケメンモードで爽やかににこにこしていただけなの比べて、私への態度はただのクラスメイトそのもので、いつもに増して腑抜けた笑顔。なんだかなあ、と思うんだけど。


そのまま私と藤真は自分の席に着席する。頻繁にされる席替えではないないため、未だに隣同士だ。
「はあ。見せるのはいいけどさ、…私をダシに面倒事回避するのやめてよね」
「お、バレたか」
わざと呆れたように、半目で口端だけ上げてやる。
バレるも何も、丸分かりだ。お陰で後ろのドアに溜まった藤真親衛隊の視線が、刺さる刺さる。痛いってもんじゃない。
「私が藤真の親衛隊にころされたらどうすんのよー」
「大丈夫大丈夫、もふはそんなタマじゃねえだろ」
「いやさあ、そこは"大丈夫、俺が守るから"ぐらいのこと言ったらどうなんだあ?学校のアイドルさんよお!」
いつもの軽口を叩きながら英語の予習ノートを手渡してあげると、藤真は、なにそれお前チンピラみてえ!と輝かしい笑顔で楽しそうにしている。

この笑顔を見る度に、私の心臓は、かつてないほど縮こまるのだ。
いやその、いわゆるときめきとかそういうのではなくて、クラスメイトとかに仲良いね〜って言われたり、廊下に蔓延る藤真ファンに視線でどつかれたりするから。

あーあ、私の日常は、いつからこんな心身共に悪いものとなったんだろう。そんなことを考えながら、買ってきたハンバーガをもぐもぐする。 

まあでも関わってしまったからには仕方がないか、と溜め息をついてから隣の机でせっせと英文と和訳を書き写している藤真を見ると、なんだか急に可笑しくなった。
あの学校のアイドルが、私のノートと睨めっこしているのだから。
「…ふ、…へんなの」
そう言って少し笑うと、「なんだよ」と、予想通りの少し棘のある返事。手は止まらずに顔も一生懸命ノートの文字を追っている。
まさか今考えていたことをそっくりそのまま言うわけにもいかないから、そのままにこにこしていると、突然藤真の顔が弾かれたようにこちらを向いた。
「な、なに」
「もふ、今週の日曜、暇?」
「は、え?」
「練習試合あんだよ、だからさ、来いよ」
突然のお誘いと、不意打ちの輝くような笑顔に目をやられて思わず目を逸らしてしまった。なんだ、その、笑顔。
「な、にそれ」
「や、だから、バスケ見に来いってこと。これ見せてくれたお礼」
ああ、そうか。
正真正銘のバスケットマン・藤真健司は、バスケに関することになるとこんなにも嬉しそうな顔をするわけだ。
なるほどなるほど、と私の中で一通り驚きの落とし所を見つけると、少しは冷静さも取り戻すことができた。

「あのねえ、今週の日曜って、もう明後日なんだけど…」
「おー。あれ、暇じゃない?」
「残念ながら友だちとの先約がね…っていうか誘ってくれるなら一週間くらい先じゃないと〜」
私だって常に暇って訳じゃないんだから!と胸を張って忙しいアピールをすると、藤真はつまらなそうに頬を膨らませた。
「なんだよ〜つれねぇな」
「ごめんって。だからさ、今度は余裕持って教えてよ」
「そしたら来るか?」
「うん勿論。私だって噂の藤真くんのご活躍を見てみたいものだし」
私がそう言えば目の前の人は、よし言ったな、と人の言質を取ったような物言いで嬉しそうに笑った。



逸らしても、もとどおり




その後、そのやりとりを聞いていたらしい目敏い友人と、「ねえちょっと、私たちの約束なんて先約扱いしなくていいんだって!!!」
「え?なんで?約束してんじゃん」
「藤真くんからのお誘いなんかに比べたら、私たちとのカラオケアンドショッピングなんてどーでもいーでしょーが!!!」
「ええ〜でも私めちゃくちゃ歌うたいたい」
「ばっかもんがー!!!!」
というやりとりをしたのはまた別の話。




151129



 


-Suichu Moratorium-