(あのこ、男友達しかいないんだって)
何回か耳にしたことのある言葉が、俺の横をすり抜けていった。振り向くまでもしないが、意識してしまう。
こういうのを聞くのは、初めてじゃない。それに、もっと酷い噂が回ってきたことまある。口に出したくもないくらいの、彼女の噂が。
ふと我に帰る。
騒がしい教室には、暖かい午後の光。
俺は頬杖をついて、前を向いていた。
何やら騒がしいと思ったら、どうやらもう席が決まっているらしい。
前の黒板を、目を凝らして見てみる。
しかし、黒板前で集まっているクラスメイトのせいで、よく見えない。
「おい、神」
黒板の前の集団の中にいた友人が、こちらを見ていた。
「ん、なに?」
「お前、今と同じ席!」
「え、そうだった?」
「おう。俺、その席になりたかったんだけど」
「それは、ごめん」
軽く笑ってから、またこの一番後ろの席か、と思った。べつに嫌いじゃないから、そうなったのかとしか思わなかった。
ホームルームが潰れ、急遽席替えの時間になった今日の四限。
俺としては、別段の望みも無かった席替えだが、友人達は小さな文化祭が行われているかのように大騒ぎしている。
いや、俺に“別段の望みもない“と言うのは、嘘かもしれない。
見えづらい黒板に書いてある座席表に、目を凝らす。しかし、やはり見えない。隣になるのは誰かを知りたかったのに、と思ったが、その内やってくるだろうと思い直して黒板から目を反らした。
それから、なんとなく窓の方に目をやる。
すると、目があった。
例の彼女、もふさんと。
目を合わせたのは、一週間振りか。
あの、放課後の時以来だ。
彼女は、合わせた目を自然に反した。そして、自分の机に置いてあった手荷物を取り上げる。
席の移動をするのだろう。そんな彼女を、なんとなく目で追ってしまっていた。
彼女と近くにならないかな。という僅かな気持ち。それが今回の席替えの、俺の唯一の望みだった。
彼女は席に着いた。
俺の隣。
ではなく、隣の列の一番前だ。
最前列と、最後列。
世の中、そう上手くはいかないらしい。
少ししてから隣には、いつも話している友人が着いた。これはこれで、良かったかもしれない。
「神じゃん、やった」
「うわ」
「えーなんだよ不満か!」
「頼むから、授業中寝ないでよ」
「ええ!俺の楽しみを奪う気?!じんじん厳しーなあ!」
「寝られると俺が困るからね」
「なんで?」
「いびきがうるさいから」
「うそ!!」
「ほんと」
その後もそいつ一人でぎゃあぎゃあ騒いでいたが、学級委員が前に立った時にようやく静かになった。
「あとは、目の悪い人の座席交換だけなんだけど、見えない人いる?」
学級委員のその言葉で、皆が黒板を見る。俺は大丈夫だと分かっていたが、何となく黒板に目を凝らしてみたりする。
「あ、おれ見えねーわ!!」
がたっと立ったのは、俺の隣のやつ。
「あーじゃあ、一番前と変わってもらえるか?」学級委員が、その一番前の人を見た。
隣の列の、一番前。
見るまでもなかった。
はいと言う彼女の小さい声。
軽く白んだ視界。
世の中には、とんでもない偶然ってやつがあるのかもしれない。
心の中で、隣だったそいつに、精一杯感謝をした。
天文学的数値によろしく
「久しぶりだね」
「うん。お隣だね、よろしく」
「こちらこそ」
20150117再録