喧嘩をした。

私とクロロは、お互いにお互いのエネルギーを削り合って、文句を言ったりするような面倒な間柄じゃないのに。もっとこう、ふわっとした関係であるはずなのに。いや、もしかして、そんな関係だからこそなのかもしれない。
とにかく、私は初めてクロロと喧嘩をした。

そうは言っても、大したものではない。
それどころか、もしかたら向こうは喧嘩だなんて思っていないかもしれない。
だって、一方的に怒鳴って逃げたのは私だったから。

アルコールが抜けきらない身体で、ひんやりとしたホームの廊下に出る。
なにが原因だったのか覚えていないくらいの、細やかなどうにもつまらない事だったはずなのに、と思いながら赤く腫れた目を擦った。


外に出れば、いつもとなんら変わりの無い夜の冷たい風が吹いて、火照った身体に気持ちいい。
それに吹かれてか、少しばかり自分の中に冷静さを取り戻せたような気がする。
ぐっと背伸びをしてから湿ったコンクリートに腰を下ろした。小高い丘にある建物だから、眼下の街の夜景が綺麗だ。
そのひとつひとつの光が、ちかちか点滅するような錯覚を起こして、視界が賑やかになる。
これは確か、空気が関係しているんだってクロロが教えてくれたんだっけ。でも、難しい話。私にはよく分からなかった。
その時に不思議に思って、電気がちかちかして見えるんだけどと(今にして思えば的はずれの)言い返すと、電気も電気で点滅しているがな。というさらに謎を増やす回答を得たのを覚えている。
それに喰ってかかれば、消えている時間が短すぎるから点いているようにしか見えないんだって言われたんだっけ。それもまた分からなかった私は、とにかくあの光のもと全てに人間がいるんだと思うと不思議だなってことしか考えられなかった。

それは、少し前の話だった。今も変わらず綺麗な街の灯りは、私の眼下で、まるで決められたかのように、ちかちかと点滅を繰り返している。
相変わらず綺麗なそれは、私に何かを言いたいようにも見えて、自分が少しだけ成長したような気がした。





中に戻って暗い寝室にいけば、いつものベッドが膨らんでいる。そっと近づけば、ご丁寧にその隣が空けられているのが暗がりのなかでも分かった。
途端に言い様のない気持ちに襲われる。なにも考えず衝動的にそこに身を埋めた。すると、当たり前のようにクロロの手が私を包みこんでくれる。
「…もふこ」
「うん」
いつもの落ち着いた声だ。やっぱり、寝ていなかったんだ。と思うとなぜだか嬉しくなった。
「冷えてるな」
そう言われてから、寒いことに気が付いた。たしかに、指先も足も冷たい。
「…外を、見てきたの」
「寒かっただろ」
どうでもいい喧嘩だったなんて思われていたら癪だなと思っていた私は何処かへ行ったみたいで、ゆっくりと降ってくる声が、とにかくいとおしくて仕方がない。

もぞりと動いて彼に向き合うと、普段からはとても想像がつかない穏やかな顔をしていた。それを見て思わず口が動く。
「…クロロの言ってた電気の意味、わかった気がする」落ち着いていた彼の目が少し細まった。
「大気の密度の話か?」からかう様に言われた。
「…そっちは分かんないよ」
あ、笑った。

「電気がついたままに見えるって話か」
「うん」
「断片的なものでも、連続してるとそうは認識出来なくなるってことだな」
「…そう、だね。でも、まだ私には難しいかもしれないや」
またもや笑った気配がして、頭を撫でられた。

まだ完全にはわからないけれど、きっと前よりは分かるようになっている。自分の幸せを胸に、そのまま身を寄せてごめんね、と呟けば、応えるように抱き締められた。






20150403






あたりまえに続くことがすごいことだって認識できる機会ってなかなかない気がする。



 


-Suichu Moratorium-