ベランダに出てみる。
夕方に差し掛かろうとしているこの街は、潮風に揺られながらいつものように賑わっていた。
この街名物の小さなよく錆びたトラムも、いつになくガタゴトと忙しくなくその褪せたオレンジ色の車体を揺らして走っている。
通り沿いで開いている小さな出店を横目に伸びをする。
「…あー、ビール持ってくればよかった、くっそー」
到底二十代女性とは思えない発言に、ちょっと自分で悲しくなりながら、なんだろ、あのお店のお酒美味しそうだな、などとぼーっと考えていると背後から物音がした。
振り返ってみれば、いつになく笑顔のシャルがベランダに出てきた所だった。
きちんと両手に缶を持って。
「はい、ビールだよ、飲む?」
「…真っ昼間からお酒?フィンの悪い癖が移っちゃったのかな、シャルくん」
「あはは、そういうこと言うのは、その嬉しそうな顔をやめてからにしなよ」
「はいはいごめなさい、はやくちょうだい」
「まったく、飲んべえだねぇ」
「どっちがよ」
そこで反論出来なくなったシャルは口許を緩めてから大人しくそのままビールを私に渡して、乾杯、と呟いてそれを飲んだ。
「それにしてもさ、」
「ん?」
「久しぶりじゃない?こんな長い休暇」
「今回の仕事以前は全然活動してなかったじゃん、蜘蛛」
「…あー、そう言えばそっか。最近の仕事が忙しすぎて覚えてなかった」
「それもそうだね。いやー、でも何はともあれ楽しかったなー、今回の仕事」
「ね!私、初めて見たよ、あんな綺麗な宝石」
「うん、あれは見物だったね。団長でさえ、暫く売り払わなかったからなあ、あの宝石だけは」
「それって、珍しいの?」
「まあそうだね。大体は一日飾っといて、それで終わり。多分、飽きるんだな。団長って、飽き性だし」
飽き性?そんなの初めて聞いたよ、と言ってから、なんだか急に不安を感じた。
そんな私を見透かしてか、シャルは、ビールを飲みながら、もふこは団長に拾われたんだっけ、と横目で私を見る。
「うん」
「はは、もしかして心配してる?」
「あ、分かります?」
「顔中に書いてある」
君には敵わないな、ほんとに。と笑いながら言うと、もふこが分かりやす過ぎるんだと笑われた。
それから、まあオレにしか分かりっこないんだろうけどねと小さく付け足した。
そうなんだろうか、そんなもんなのかと思ってちょっとにやけそうな顔を引っ張って、街の向こうの海を眺める。
沈みかけた太陽が、なんとも言えず綺麗だ。
「…大丈夫、もしもふこが団長に飽きられて捨てられても、オレがまた、拾うから」
目の端に映る、笑顔、夕焼け、向かいの窓の反射、すべてが眩しい。
「…そりゃ、ありがたいこって」
照れ隠しだね、なんて愉しそうに言いながら私の顔を覗かれる。あーあ。いつものお調子者シャルのペースに飲まれてしまう。いや、もう既に私は彼のペースに巻き込まれてるんだろうなーと考えて、ちらりと隣を見やると同じ様に海を眺める顔が、オレンジ色に染まっていた。
オレンジの思い出
20111001