「…で、何でそんなこと、ぼくに言うの?」

「だ、ってさあ…。こんなこと言えるの、成歩堂さんだけだしね…」


その返答は、まあ、いつもの浮かれたぼくなら手放しで喜んだに違いない。しかし、今回は相談された内容が内容だ。なんていうか、喜ばしいどころか悲しくなってきた。


「どうしたら良いんだろ…」

もふこちゃんの沈みきった顔。今までに見たことがないくらいの、曇った表情。
いつもの状況なら、ちゃんと励ますよ、ぼくだって。元気になるんなら何だってする。そう思う傍ら、ぼくの中の九割には、どす黒い感情が渦巻いていた。


「…ぼくに相談されてもね」


黒い塊を低い声に変えて排出。それは、部屋に響いて、暫く浮いてから消えた。思いの外不機嫌そうな声に自分で驚いたが、致し方ない。
そっと俯いている彼女に目をやると、先程よりもさらに弱々しくなっていった。


もう何やってるんだよ、と思う自分が居る。しかし正直に言って、あれ以外の適当な言葉が見つからないのも事実だ。
励ます、なんて論外。
だって、励ますってことは。


「…こんなんじゃ、御剣さんのとこに帰れないよ…」

そんな悲痛な独り言に、ため息で応える。
ごめんね、不機嫌で。なんて石のように冷たい言葉が喉まで出たが、どうにか飲み込んだ。
帰らなくていいよ、なんてひどく気障な台詞。そんなこと言えたら、どんなに楽だろう。


彼女の相談とやらに相槌を打つのも億劫になって、ぼくは携帯を手にする。そして、メールが何通も来ていることに気付いた。
送り主は勿論、全部、ヤツだ。
イチイチ開かなくったって想像がついてしまうメールの内容に、やり場のない焦りと憤りを感じる。

それらのメールをすべて消してから、一通のメールを送って携帯を閉じた。

向かい合わせに座ったもふこちゃん。事務所に入ってきてから、一回もぼくの方を向いていない。きっと、一生、向けられないその視線に何かを感じながら、彼女を見守る。

「だめだよ、もう。嫌いなんだ、私なんか」

「そう」


本当なら、「知るかそんなこと」。
これでも精一杯の優しい言葉を選んで絞り出してるんだ。なんていうのは自己弁護。でも、しょうがない。しょうがない、なんて言葉も自己弁護。それ以外にぼくに出来ることは無いのか、と自問するが、瞬時に無いと判断。


「どうしよう、ねえ、どうしたらいい?」


何分か後には実現する未来を見ても、なお認めたくない現実。
だからぼくは言わない。
御剣が君を好きだなんて。






唐突に事務所のドアが開いた。こういう、急に開くドアが、ぼくは嫌いだ。
案の定、あいつ。これも嫌いだ。
やつの顔が、明るくなる。そしてまた、険しくなる。こんなのも、見てていやになる。


「もふこくん…」


「…み、つるぎさん?」


彼女は、事務所に来てから初めて上を向いた。
正確に言えば、あいつを見た。
横顔で窺えた彼女の目が腫れぼったかったのは、ぼくのせいだろうな。





「誤解はしないでほしい」

「…はい」




「わ、私は、だな…」




ぼくが空気状態。別に、ぼくを忘れるなと言いたい訳じゃない。
寧ろ、忘れてくれ。
そう思う。
静かに立ち上がる。
御剣の次の声が聞こえる前に、事務所を出た。


見たい訳ないだろ。
彼女の、喜んだ顔なんて。







君の笑った顔、ぼくにとったらひどい毒だし

(君の目には、赤しか映らない)

(結局知ってしまう事実を知っているほど、惨いものはない)




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-Suichu Moratorium-