歩いていた。
片手にコンビニの袋をひとつ提げて。

深夜を少し過ぎたこの時間帯は、空気が不思議と澄んでいて、寒いと思うのに気持ち良くもある。
道を通る人も車も殆どおらず、この世界には自分しかいないような錯覚に陥る。ちょっと堂々と歩けるから、不思議な気分だ。

コンビニに行くお使いは終わらせたものの、気分的に直ぐに家に帰りたいとは思えなかったから、僕の足は自然と遠回りする道を選んでいた。

相変わらず人気がない道。
何処に行っても同じか、と考えていたら、なんとも懐かしい通りに出た。
大学のときによく使った通りだ。
自嘲で口端が上がる。
自然と足元に下がっていた目線を上げれば、向こう側から歩いてくる人が見えた。
瞬間、気付く。

ああ、大学時代の…と勝手に小さく漏らしていた。
僕は歩く速度を緩めない。そして、彼女もそのまま何も気づかず歩いてくる。いや、気付くわけがない。自分の思考に少し笑ってしまったが、そのまま、僕たちはただの通行人みたいに擦れ違った。

余りにも呆気無さすぎる再会に、少しだけ安堵した。
こんなにも変わった自分を、見られたくはなかった。
しかし、そんな気持ちとは裏腹に、ぼくの口は開いた。

「もふこちゃんだ」

後ろから聞こえていた足音は、瞬時に無くなる。それから、此方を向く音がした。
ぼくもゆっくり振り向くと、向こうは一層怪訝な顔をする。
「ど、どなたでしたっけ…」
「はは、忘れたのかい」
少しだけサービス気味に笑いかければ、彼女の目は落ちそうなくらいに開かれた。
「わわ、ナルホドー!?」
その顔はきっと直ぐに悲しみに変わる、と予想していたぼくだけれど、久しぶりにその勘は外れたみたいで、その友人はひたすらにこにことしている。
「スゴいね、何年ぶりだろう!」
「うーん、働いてからも何回か会ってるはずだよね」
「あれ、そーだっけ?でも、5年以上は会ってないのかな…」
昔と変わらない声と態度で必死に頭を捻る彼女を目の前に、つい他のことを考えてしまう。
きっと、ぼくの噂も聞いているはず。こんなになったぼくを見て、軽蔑のひとつでもしているはず。

「とにかく懐かしいなあ…まさかこんなとこで、こんな時間に会えるとは思わなかった!」
やっぱりまだ興奮気味のもふこちゃんは、そのまま他の友人たちはどうしてるだとか、今しがた離れてきた飲み会は最悪だったとか、そんなフツウの会話をしだした。

「ほんとにさ〜上司が古風すぎて!つらいのなんのって…」
「もふこちゃん」
「…ん?」
「ぼくを見て、なんとも思わないの?」
いきなりの話題転換に、目をぱちくりさせる彼女とは、大学時代に少し関係があった。カンケイというほど大袈裟なものではなかったのだが、普通の友達って訳でもなかった。ただ、特に付き合ってたというわけではなく、所謂"以上未満"というところだ。そんな関係だったぼくが今やこんなんで、なんとも思わない訳がない。
少し考えていた彼女は、そっと口を開く。
「老けた…」
「それはお互い様だよ…」
「なっ、失礼な!私はまだ落ち着いた女子大生でも通せるんだから!」
「…そういうんじゃなくてね」

もうどうでも良いか、と諦めの笑いを出してから、彼女が向かっていた方向に歩き始めると、当然のように彼女が横に来る。ちらりと見ると、思ったより真剣な目をしていた。
「変わったね、ナルホドー。何もかもどうでもいいって顔してる」
「………」
「…とか、言われたかったの?」
少し驚いて彼女を見れば、あ、驚いてる。とにやにやされた。少し恥ずかしかったが顔には出したくなかったから、少し下を向く。

「ナルホドーが大変で荒んだみたいっていうのは、たま〜に噂で聞いたけど、ナルホドー自身が堕落したとかそういう風に変わったなんて思ってないよ」
次々に降り注ぐストレートな言葉が久しぶり過ぎて、思わず吹き出してしまいそうになる。
「何笑ってんの?」
「いや…ほら、皆はぼくのこと腫れ物扱いだから、そんなこと言うやつ、なかなかいなくてね」

ふうんと息を漏らしたみたいな返事は、昔のままで、なんとなく嬉しくなった。
「もふこちゃんも、変わってない」
「…それは、喜んでいいのかな?」
「もちろん」
ふふ、という満更でもなさそうな声が聞こえてきて、反射的にぼくは彼女の手を取った。
どうしたの、という質問は飛んできたが、嫌悪はなさそうと判断。
「寒いからね」
「…寒いからか」
ぎゅっと握り返された彼女の手は、アルコールも手伝ってなのか、とても暖かく感じる。


「ナルホドーと手を繋いだの、初めてかな」
「ん、そうだね」
「はあ…」
不意の溜め息に横を向く。
「あ、もしかしてもふこちゃん、名字変わってる、とか?」
「え、それはない」
「よかった」
少し笑って、再び手を握って進む。久々にひどく穏やかな気分だった。
「笑ってますけどねえ、ナルホドくん」
「うん?」
「結婚はしてないけど、彼氏でもいたらどうするの」
「そうだなあ」
少し考えるフリをして街灯に照らされる彼女を盗み見れば、顔が赤い気がした。
「…彼氏ならどうとでもなるから、問題なし」
笑って言えば、もふこちゃんも呆れたように笑って見せた。




151118



 


-Suichu Moratorium-