私のクラスには、所謂、八方美人だと思われるやつがいる。
そう、それは神宗一郎。
同じ学年なら絶対に知っているだろうそいつ(他の学年にも知られているらしい)を、私はアヤシイアヤシイと常日頃から思っている。
直接話したのは数える程しかない。
というのも、クラス替えから間もないってこともあるし、実際、席も近くない男子となんて話す機会なんてほとんどないから。
だけれども嫌でも目に入るあの長身と、ぞっとするほど綺麗な笑顔。しかも誰にでも向けるそれは、私の仲の良い友達さえも騙せている。
「あ、ほら、またあそこに女の子来てる!」
友人の言葉に、教室の後ろのドアのところ見れば、確かにランランと目を輝かせた、明るそうな女の子が二人ほどクラスを覗いている。
「やっぱり、神、なのかな」
「そりゃそうじゃない?うちのクラス、他に有名な人とか居ないし」
その光景に、変なの、と呟いてから、自分の席に着いて友達と話しているその人をこっそりと見る。
いつも通りの緩い笑顔。
「もふこって、神が嫌いなの?」
「え、や、嫌いとかじゃなくて…なんだろ。なんか違和感」
「違和感?」
「なんていうか…誰にでも物腰穏やか〜みたいな感じだから、ほんとはなに考えてるのかな、とか勘ぐっちゃう」
私の性格が良くないからね、と笑って返せば、考えすぎでしょと笑われた。
確かに、もしかしたらあの人は見た通りの良い人なのかもしれないな。
でもまだ、私の中の違和感は消えていなかった。
◎
なんでだかは知らないけれど、突然、昼休みに担任の先生に職員室へと呼び出されてしまった。
何かしたっけな…と、なんとなく考えながら廊下を歩いていると、私の視界に何かがひょいと現れる。
「もふ」
ぱっと見上げれば、いつの間にか、私と並んで歩いていた神、その人と目が合う。
「あれ、神」
「どうしたの?職員室?」
「うん、そう。なんか呼び出されて…」
「…ああ、分かったかも」
やっぱり見慣れないその笑顔に、私は思わず緊張してしまう。
「なにが、分かったの?」
「行けば分かるよ」
やっぱりちょっと意地悪なんだよな、と私の確信の隅っこを肯定していると、職員室前に立っていた担任が私たちを呼んだ。
「はいこれ。次の授業の前に配っといてくれ。二種類あるから、二人でな」
「あ、はい」
なんのことはない、ただの雑用だった。
"行けば分かるよ"なんて勿体ぶらないで、教えてくれたっていいのに。
なんとなく神に冷たい目線を送ってから、教室へと歩き出す。
確か私と神は、いつかの日直の仕事を一緒にやったことがあって、そのときの私たちの仕事ぶりというか、顎での使いやすさ、みたいなものを先生が覚えてしまったらしく、それ以来ことあるごとに、こき使われてたりする。(日直だと仕事が多すぎて可哀想だ!というのが先生の理屈だった。)
それだから、全く関係のない女の子(ドアのところで立っているような)よりも不思議と彼と話す機会があったりするから、余計に私の中の疑念がぶわぶわと持ち上がってしまうのだ。
似たような種類のプリントを、私たちは仲良く半分ずつ持った。最初に神が全部持てる、と言ってくれたが、手持ちぶさたになるし、例え小さな恩でもあまり作りたくないなと思ったのが理由で、柔らかく断った。
特に目立った会話なんかしないまま、黙々とただ歩く。
少し人通りの少ない廊下に出た。
ちょっと気まずいかもなあ、と思った瞬間に、後ろから走るような足音。
「神君!」
なんとなく呼ばれていない私までもが振り返ってしまった。
「ちょっと、向こうで、話したいんだけど…!」
そこには、まさに緊張した面持ちって感じの、見たことのない女の子。
あれ、これはとんだお邪魔虫…?と精一杯に考えた私は、音を立てずに方向転換をして、するりとその場から逃げ出す。
つもりだったのに、片手に圧力。
えっ、と目線を下げると、驚いたことに、神の片手が私の腕を掴んでいた。
「ちょっと…!」小声で叫ぶが、あまりにも静かな廊下だから意味もなく、たぶんあの子にも聞こえちゃっただろう。気まずい。
「ごめん、おれいま仕事中だから、また今度でいいかな」
信じられない言葉が聞こえて、関係のない私が驚いて神を見上げると、やっぱり申し訳なさそうな顔をしてはいるものの、あの爽やかな横顔だ。
そのままあの子の返事を待つこともなく、ぱっと振り返った神は私の腕を引っ張ったまま、ずんずんと進んでいく。
「ちょっと神…!」
「なに?」
「私、それ運んどくから、あの子のところ行ってきなよ!」
「嫌だよ。だってこれ、おれの仕事でもあるし」
なんとなく棘のある言い方に思わず怯んでしまって、他に何も言えなくなってしまう。もともとこれは私には関係のない話だし…。
でも、と先ほど少し見えてしまった、あの子の驚いた顔が目の前にちらつく。
きっと、勇気を振り絞って言ったんだろうな。
ちょっとタイミング最悪だったけれど、それはまあ、仕方なかったとして、やっぱり話くらいは…。
「ねえ、神…やっぱり…」
「なに?おれに、あっちに行ってほしいの?おれが嫌いだから?」
急に立ち止まった神に続いて、私もつられて立ち止まる。それからまだ手を掴まれていることを思い出して、それからようやく、何を言われたのか理解した。
「えっ…なにそれ、違うよ!」
「ウソ」
「ほ、ほんとだよ、なにそれ…」
「もふ、おれに冷たいから、分かるよ」
うそでしょ、と少しばかり息を呑んだ。距離を取っていたのがバレていた、なんて。
でもそれは、神が言うような強い感情ではない、はずだ。
「ほんとうに"嫌い"って訳じゃないからね…とりあえず、そう、手は、離してほしいかも、」
「ああ、ごめん」
二人にされたくなかったから、なんて少し寂しそうに呟いた横顔を見たとき、ガラガラという大きな音をたてて、私の中の彼への印象が変化した。
八方美人だと思っているこの人は、意外なことに素っ気ない部分もあって、それなのに変なところで寂しそうな顔をする。
神というこの人。
果たしてどの印象が正しくて、どういう人なんだろう、と、近づいてくる教室を見て安堵しながらも、私は自分の中の未消化な感覚に、途方に暮れてしまったのだった。
160903