(続・ぼろしみたいな夏しじま)

「もふこちゃんって、竜崎のこと好きだよね」

すっと息をのんで振り返れば、自然でフツーな顔した松田さんと目が合った。
なんだこれ、カマかけられているのか?

「…そういうふうに見えるんですか?」
「見えるも何も、そうとしか思えないんだよね」

ちょうどお昼が終わって、午後の2人体制で本部に詰めている今、ここにいるのは私と先輩の松田さんと、少し遠いところにいる竜崎の3人だけだ。

「誤解を招くようなことは言わないでくださいよ」
少し声を潜め、目を細めて睨むようにして松田さんを見る。
遠いところにいるとはいえ、話題の中心となっている人が同じ部屋にいるのに、いつもどおりの声量で話すこの人は、神経というものをどこかに置いてきているのかもしれない。可哀そうな人だ。
「僕の誤解なの?ほんとに?」
「…なんでそんなに食い下がるんですか」
「だって…もふこちゃんの目がさ、竜崎と話すとき、すごい輝いてるから」
普段は死んだ目をしてるのに、と何気に酷いことを言いながら、松田さんは腕を組んでこちらを怪しそうに眺める。
「そんなの、気のせいですよ!上司として尊敬はしていますけど…」
これは本心だ。というか、竜崎のことを異性として見たことなんて、本当にないのに。
「ふーん…」
こんな完全否定をしているのに全然納得していない目をした松田さんの口が小さく動いた。
「…じゃあ、僕が聞いた、あの”竜崎さんと行きたいんです!”は何だったにのかなぁ?」
「?!」
不意打ちを喰らい、思わず半歩退いてしまった。
思い出すのは、夏の終わりに3人で行った夏祭り。
そのときの竜崎があまりにも頑固で、思わず口をついたあの言葉。
あれは何でもないって言ったのに!という目で松田さんを睨むが、全く意に介さない生暖かい目をしている。

全く、と内心毒づく。
ここ最近忙しいのに、この人はどこか能天気というか、お花畑というか。
仕返しとして、構ってられない、という呆れた目線だけ松田さんに送って、午後の業務を確認しにボスのもとへ向かった。

「竜崎」
「もふこさん、どうされました」
彼は相変わらずの姿勢でパソコンに向かい合ったまま、目だけをこちらに向けた。
「午前はこちらが終わったので、午後はとりあえず、ここの着手していない部分をやろうかと思うのですが…」
手元の端末解析の資料を見せる。
「…そうですね。先にこの期間の部分だけでも優先して進めてもらえるとありがたいです」
「了解しました」
確認が終わったので自席に戻ろうと資料を下げたところ、視界の隅で、白い何かが動いた。
そして、自分の手に冷たい感覚。
「っ、えっと、竜崎?」
驚いたことに、竜崎が私の左腕を掴んでいた。
しかも、意外としっかり。
「な、んでしょう?」
え?え?と脳内で焦る私を余所に、表面上の私は意外と冷静な顔を作れている様子。
目の前のボスは、相変わらず何を考えているか分からない顔をしている。
なにこれ、どんな状況?
とても長く感じるが、実際は3秒かそこら。
竜崎の目に何かの色を感じた、と思ったら声が聞こえた。

「…松田さんと何の話を?」
「、えっ」
喉に何かがギュッと詰まる感じがした。
「や、あの、大した話は…あっ、雑談ばかりしてすみませんでした!」
咎められたのかも、と思って、急いで謝りつつ、松田さんのほうをちらと見ると、いつの間にかこちらに来ていた。
「もふこちゃんが竜崎のこと好きだって話をしてました」
「なんで言うんですか?!」
適当に誤魔化すとかできるだろう!と、あまりの驚きに素直にそう叫べば、だって本当のことじゃんとあまりにもピュアな笑みを返された。

あまりにも部屋が静かで、私の悲しい叫びがいやに反響しているように感じる。
それに、さっきの松田さんの言葉も。

"もふこちゃんが竜崎のこと好きだって話をしてました"。
………あれ。
これ、主語が。

「ちょっと待って!」
「私のこと好きなんですか?」
同時の言葉だったが、私の声量がとんでもなくて、ほとんど竜崎の声は聞こえなかった。
「そうなんですか?」
そのためか、竜崎がこちらを見ながら繰り返し聞いてくる。

「ちがっ、ちが…その、松田さんが言ったのは、そういう話をふたりでしていたってことで、」
「もふこさんが私を好きだという話を?」
「あっ、いや!なんか日本語の問題で、変なことになってます!ねえ、松田さん!?」
「そのままだと思うよ」
「違うでしょ!ちょっと!松田さんがそう思うって言い出したんでしょ?!」
何故か落ち着き払っている松田さんに掴みかかる勢いで迫るも、もはや何がなんだか分からなくなって、自分でもなんといつていいか分からなくなる。
「違うんです…違うんです…」
「………」
もはや半泣き状態で竜崎に訴えかけると、呆れたような顔をされた。
「…私が嫌いということですか」
「わー!それも違う!違うんです!」
「じゃあ何なんですか」
「いや、その…ええと、」
「もういいですよ」
掴まれていた左腕が緩むの感じで、心がスッと冷たくなる。
思わず、引き止めるように、両手で竜崎の両手をつかんだ。

「あの、竜崎のことは、大事なんです!」
「大事?」
「大切なんです!ね?分かりましたか?!」
「……」

しばらくの沈黙。
その後、突然、私の手をそのまま強く握り返され、よく分かりました、と言われた。

「私ももふこさんのことは大切ですよ」
今や私の手は、竜崎の手の上で、英国風の優雅な挨拶でもするかのように、そっと添えられるように握られていた。

思いがけない展開に頭はついていかず、竜崎の冷たい手だけが現実で。
何を言えばいいか分からず、手を委ねたまま棒立ちしていると、後ろの松田さんが離れていく気配。

「よかったね、両想いで」
「松田さん?!話聞いてました?!」
「聞いてたからこその感想だよ」
「…今日は平和ですね」



 


-Suichu Moratorium-