この人に会ってから、四時間と少し。この短い間、何というか、気になることが一つある。堪らなく気になるのだが、口に出すのには少々勇気が足りない。
けど、気合いを入れて頑張る。勇気がない分、気合いでカバー。
頑張れ、私。
「あの、竜崎」
「何ですか」
ふいと横を向けば、当たり前の様に彼と目が合う。当たり前と言えば当たり前だが、何て言うのかな。普通じゃない。
普通は、ほら。名前を呼んでから相手が振り返って、目が合うでしょ。
なのに、今のは違うんだ。
私が竜崎の方を見る前から、(と言っては変な表現だが)目が合っていたのだ。
つまり、
見られていたと。
言いたいのだけれど。
「…私、ミスとか、しちゃいましたでしょうか?」
「何の話ですか?」
「あ、いやあ。先程から、あなたの視線が痛いので」
多少動揺しながら思いきってそう言うと、「ああ、そんなことですか」と少し笑われた。そんなこととは、どういうことだ。
「書類か何かのミスですか?すみません、言ってくだされば直ぐに直しますので」
「ミスは、無いです。完璧です」
ならば、なんなのだ。そのさっきからの、視線は。
私の顔に、ひどく不可解だとでも書いてあったのだろうか。彼はまた少し口を斜めにしてから、椅子ごと此方に身体を向けた。少し驚いたが、平静、平静。
「相当、気になるようですね」
「そりゃあ、もう!上司がこっちを見てるんですもの。私にとっては、大問題ですね」
「そうなんですか?」
「勿論!」
威勢良く言い切れば、彼の口角が少し上がる。いつもより、楽しそうなのは、なぜ?
「まあ、そうですね。気にしないでください」
「そう言われると余計気になります!」
気になって気になって、仕事も出来やしない。なんて言ってしまえば、私が変な勘違い女みたいに聞こえてしまうから、それは言える訳がない。我慢。
そしてそのまま、彼の視線を探る。
「うーん、竜崎は、さっきから、やっぱり…こっちの方を見てますよね?」
「はい」
「えーと、何を見てるんですか?」
そう、そうだ。私を見ている訳ではないのかもしれない。その可能性だってある。振り返れば、特に何の特徴もない壁と観葉植物。ああ、窓がある。この時間帯なら、もしかしたら夜景を見てたとかってことも有り得「貴女です」
「…え?」
「ですから、貴女を見ている、と」
「いやいやいや、おかしいでしょう?ああ、何かのジョークですか?面白いです」
「そうではありませんが、何か問題でも?」
「問題だらけ!です!」
「なんでですか?」
「だって、え?」
「だから、余り気にしないようにと言ったじゃないですか」
余計気になるだろうから、という意味だったんですが。なんて言われるから、益々意味が分からない。こいつは、何を言ってるんだ?大丈夫か?
「あ、もしかして、私の顔に何か付いてます?」
「おかしなものは、何も」
「えーと、じゃあ、変な顔でもしてましたか?私!」
「特には」
焦りに似た感情が込み上げてくるのを、自覚する。だが、今さら自分でどうにかなるものではない。
「もう!じゃあ、何で見るんですか!」
がりがりと頭を掻きながら言うと、また少し笑われた。この上司、竜崎とやらには、もしかしたら部下をからかって楽しむという変な趣味でもあるのかもしれない。松本さん?だっけ。その人に、後で訊いてみよう。
「何で、と訊かれると、よく分かりません」
「は」
もう他の事を考えていた私に、横から大爆弾。
何で私を見ていたか、分からない、だって?なんじゃそりゃ。思わず間の抜けた返答をしてしまったじゃないか。
「とにかく、貴女を観察するのが楽しかったので」
「…さいですか…、はあ。なるほど、…」
「と言うことなので、あまり気にせずに仕事を進めてください」
くるりと元の姿勢に戻った彼は、もうこちらを見ていない。
如何せん納得の出来ない結果に終わってしまった今回の質問だが、どうにか仕事に集中しようと頭を切り替えることにする。
まずは、気付かない
「今夜、予定はありますか」
「………。…え、?」
「ケーキ、あるんです。二人分」
徐々にいこう、徐々に、ね