ここは、何処だ。
さっきまで、トイレにいた。
落ち着くからといって、用がないのにトイレに入ってしまうのは悪い癖だなと考えながら、便器の蓋の上に服を着たまま座り、携帯をいじっていた、のに。
ここは、どこだ。
トイレに入ったのが、五分前かそこら。そして、今もトイレにいる。
が、違う。
トイレはトイレだが、これは私の家のトイレじゃない。内装が全く違うのだ。
最初に入ったときは勿論、家のトイレだったし、いつもと何ら変わりはなかった。まあ、それは当たり前か。だけど今は、家のトイレとは、全く違うトイレに居る。
ちょっと、トイレって連呼しすぎだけど、気にしないでおこう。
一体、いつからこんなトイレに居たんだ?と記憶を遡ってみるも、こんなトイレに入った覚えはない。更に、今は夜の11時。さすがに外出はしない時間だから、恐らく外出先のトイレに居ることは有り得ない。
そもそも、さっきまで家に居たのだ。
記憶を失ったということじゃなければ、家以外のトイレに居ることなんて、考えられない。
しかし、ここは家のトイレじゃない。
つまり、私が覚えていない何かが起きたということだ。
だから今、私は別のトイレにいる。
これは、いわゆる、怪奇現象、超常現象、そのような類のものなのか。
そういう展開は、どう考えてもファンタジー。そう思うかもしれないが、ここで有り得ているこの事態は、色々な原因を考えてみるより、そう捉えるのが一番矛盾もなくてすっきり収まる。そう感じるのは果たして私だけなのか。
若しくは、ここは夢の中なのだと納得するのがベストなのかとも考えたが、それにしてはリアル過ぎる。なんだ、夢じゃーん!ということでやり過ごせるレベルじゃないのは感覚で分かる。
詰まるところ、これは現実で、私は他のトイレに飛ばされた、と言うことか。
と、一気にそこまで思考を巡らせ、じゃあどのタイミングでここに来た?と考えてみる。
思い当たる節が、一つあった。
それは、さっきの着信だ。
どう考えてもそれしかない。
寧ろ、あの不思議な出来事がなければ、自分が他のトイレに飛ばされたかも、なんていう突飛なことは考えないと思う。
実は先程、私がまだ家のトイレに居るときに、私の携帯に電話が掛かってきた。
この携帯は、買ってから二年くらい経つ、そこそこ使い込んでいるスマートフォン。どんな機能があって、何が出来るかくらいは熟知している。はず 。
しかし、さっきのは初めてだった。
電話がかかってきて、誰だ、と思い、表示された電話番号を見ると、
000-0000-0000
0の羅列だった。
全て0。
固定電話でもない、携帯電話でもない、全くもって機械の故障かと思う出来事だった。
携帯は途切れることなく鳴っていた。いつも設定している簡易留守録も作動する気配がない。ここに来て、ちゃくしんありを思い出して怖くなったが、呼び出し音もいつも通りだし携帯を手にとっても鳴り止まないため、ホラー的展開はお断りだ、と思いながら恐る恐る電話に出てしまったのだ。
何の音もしなかった。
無言電話だろうか。だとしたら、下手なホラーよりも怖い。
質が悪い。
そう焦って、携帯を顔から遠ざけた。
そして、電話を切るべく画面を見てみると、
真っ暗だった。
何も表示されていない。
ちょうど、電源を切っている時と同じ様な状態になっていた。
やっぱり故障だったんだ。と納得して電源を入れようとした。
瞬間。
画面に8ビットの安っぽい文字が現れた。
ただ一言、パスワードを入力してください、と。
パスワードとは、端末のパスワードだろうか、と疑問に思った。私はロックなんて普段かけていない。なのに、ここにきていきなり?と更に疑問に思いながらも、余り入力しなれていない携帯端末のパスワードを入力した。そして、これでようやく携帯が元に戻ると安堵した。
しかし瞬間、ビッという苛つく音が聞こえた。
画面を見た。
そこには、パスワードが違いますと表示されていた。
そんな訳があるか、パスワードと言ったらいつ もこれしか使ってないんだから。と苛々しながら、もう一度入力すると、ビッビッとむかつく音が二回聞こえた。そして、更にさっきとは違う文字が表示された。
<操作ロック。一週間後にもう一度入力してください>
それに加えて、赤い文字の数字。何かをカウント・ダウンしているように動いている。
それだけが表示された待ち受けになってしまったのだった。
そして、ふと顔を上げたら、この、いつもと違うお洒落なトイレに居た。