種も仕掛けもございません。




薄暗い狭い部屋。
廊下から漏れる光と、小さな懐中電灯のみがこの部屋を照らしている。
ピラミッドのように石だけを積まれて出来たこの建物にある小部屋は、地下だからということもあってか、じっとりと湿気を孕んでいた。
立ち止まって、すうっと軽く呼吸をすれば、何年も何十年も前の鉄臭さい生ぬるい空気が肺に入ってくる。
昔の空気だ、と思ってから存分に吸い込んだ。まだ誰も此処には侵入していない証拠。
まだ誰にも盗られていないという確証を得て、思わずにやついた。


左手に持っていた懐中電灯を置いてから、お目当ての物を探せば、壁沿いに転がっている石球がいくつか見えた。大きさは違えど似たようなものがたくさん転がっているから、知らなければこんな灰色の岩なんてただの意味の無いオブジェか何かだと思うだろう。
手早く荷物からバルーンライトを取り出して設置し、その石球から直径二十センチほどのものを一つ選んで、明かりの元まで転がした。模様を見て継ぎ目をなぞる。うん、完璧、思った通りだ。
一瞬、このまま持って帰った方が安全かと考えたが、家が石屑で散らかるのは御免だから、此処で中身を取り出すことに決めた。

石球から一度離れて、手頃な石を探す。といってもそこらじゅう石だらけなので握りやすいのを一つ取り、先程の石球にある継ぎ目に当て、力を入れてガツンと殴る。
ぱこっと小気味の良い音を立てて、石球が綺麗に半分に割れた。そして雪崩れるように出てくる、玉虫色に輝く宝石たち。
この瞬間がたまらない。此処まで来た甲斐があった、と感動やら達成感やらで心が震えるのを感じた。
そのまま流れ出た宝石を手に取り、懐中電灯で透かし見る。本物だ。思った通りの成果で、思わず顔が綻んでしまった。


散らばってしまった宝石たちを綺麗に拾い集めてから立ち上がって、周りを見渡した。この少し狭い部屋には、もうひとつ換金性のあるものがあると聞いている。

ちらりと左手、つまり部屋の真ん中にある、ちょうど人が入れそうなほどの長方形の箱を見た。これは明らかにただらなぬ空気を放っていて、一見すると棺のよう。しかし、一般的な棺のような装飾は皆無だから、ただのなんの変哲もない大きな削り出しの岩に見えるかもしれない。つまるところ、蓋も継ぎ目もないのだ。簡単に開きそうな構造をしていない。盗みを考えて講じた策であるならば、拍手を送ってあげたいくらい素敵なものだ。

ぐるりとその石の塊を一周してみるも、やはり開きそうな所は見つからない。こんこんと叩いてみても中々の強度で、端だけ壊すためにも何か道具がいるなと考えてから、携帯を取り出した。
しかし画面を見れば、電波はない。結構強い回線に繋いでるはずなのに、と思ったがそうか、さすがに地下12階は無理があったようだ。


仕方ない、出直そう。

そう決めてから、辺りに置いた道具を撤収する。
未回収の方が価値は高くて換金性も良かったのだけど、と嘆息するが、此処には私以外まだ誰も入っていないことを考えれば出直しても良いだろうと計算して、自分を納得させることにした。



自分の荷物など全てを仕舞い終わってから、バルーンライトを手に持って、もう一度棺らしき箱を見直す。先程と変わらずそこにあるそれから、私も連れていって!なんていう都合の良い声が聞こえたような気がして、諦めきれなくなってきた。

暫く立ち尽くして考える。

やはりこのまま置いていくのは心細いし勿体ないから、端っこだけ殴ってみよう。
そう思い直して、電気は手に持ったまま、力を込めたもう片方の拳を振り上げたときに、背後から物音と気配がした。


慌てて振り向くと、入り口に人間が二人。
両方、男だ。
暗くて分からないが、黒髪と茶髪。
雰囲気的にかなりやばい。戦ったら勝てない。
私がいることが想定外だったのか、向こうも驚いているようだ。
向かい合って一秒くらいでそこまで判断して、そろりと後退。
途端に向こうが口を開いた。

「第一号か」
黒髪の方だ。一瞬意味が分からなかったが、此処に入ったことを言っていることに気付く。
「そうみたい」
それだけどうにか冷静を装って返して、いつ逃げようかと間合いを取ると同時に絶を解いた。別段向こうは臨戦態勢には入ってないようだが、いつでも私なんか捕まえられるだろう。そんなオーラだ。

「何を盗った」
やはりこいつら盗賊か。鉢合わせとは面倒なことになった。うーん参ったな。
とりあえず、こいつらは此処の遺跡のメインである棺の中の物を狙っているのだろうと判断して、それはまだ盗ってないよと言ってから、その箱に目線を投げた。
しかし向こうの表情は晴れないどころか、更に険しくなる。

「岩蔵は盗ったのか」

あちゃーそっちが目的か!と目の前が一瞬白くなって、頭の中で警鐘が鳴り響いた。
逃げよう。逃げなくては。


一歩後退してから、素早く屈んで床に手をついた。
男が一人此方に飛び出してくるのが見えたが、私の方が早い。
目の前の色がいつもの様に薄くなる。
よし。これで逃げられる、と思った瞬間、右手に圧力。
息を呑んだ時にはもう、遅かった。







いつも通りの部屋の様子に、今回は安心することなんて出来ない。思わぬお客様を連れてきてしまったのだから、それは当たり前の話だ。

嘆息してから足元で倒れている人を見やると、思わずびっくり。
明るい此処でよく見れば、ついてきた張本人は男の癖に腹が立つほど綺麗なのだ。オールバックというなんとも威厳のある黒髪が少し乱れて、険しい顔ですやすやと寝ている。

こんなやり手の人間にも効くのか、と自分の能力に半ば感心してから、邪魔だったのでそいつを足で転がした。
壁にある時計を見れば、1目盛を指している。これが10を指す頃になれば、この人も起きるはずだ。
それまでに拘束でもしておこうかとも思ったが、たぶんこの人ならそんなの何の意味も無いだろう。そう考えながら彼を眺めていると、床に寝かせておくのが少し可哀想に思えてきたので、そいつにゲスト用の毛布をぐるぐる巻きにしてやった。我ながら優しい。

そして最優先で玉虫色の石を金庫に入れて落ち着いてから、コーヒーを入れることにした。






ぱっぽう、という間の抜けた鳩時計のいつもの音。想定していたより早く鳴ったことに驚いたが、それが部屋に響いたや否や、黒髪の男が弾けるように飛び起きたことにも正直びっくりした。

「わお。アグレッシブ」

私は彼から一番遠い窓際にキャスター付きの椅子に座ってコーヒーを啜っている。いつでも窓から逃げられる距離だ。言うなれば、安心安全地帯。
一方その男は、未だ仁王立ちで突っ立っている。
私が巻いた毛布がまだ絡まっているので、険しい表情が多少コミカル。

「此処は何処だ」

口を開いた男は、その言葉のわりには辺りを見回したりせず、私を睨んでいる。殺気を少し感じるが、今の状態じゃ大したことはない。それにしてもその言い草、まるで私が故意に連れてきたみたいじゃないか。

「私の部屋だよ。因みに、ついてきたのはあなたの方」
「俺は、お前を掴んだだけだが」
「私が此処に逃げ込むときに触れてるものは、全部くっついてきちゃうんだよ」

そう言えば、少し納得したような顔になって、奴は自分の右手を開いてそれを見た。少し間があった後に、また此方を向いて、「なるほどな」と呟いた。

「此処はお前の念空間か」
おそらく自分の能力が使えなくて気付いたんだろう。
「半分正解」
「どういうことだ?」
「この部屋はこの世界に実在する。けど、今の此処は念空間」

そう言ってコーヒーを啜れば、私の微妙な回答にも、不満そうな顔はしていなかった。そりゃあ、自分の能力を易々と話す奴なんていないし、それを追求して訊く野暮な奴もいないのは確か。
だけど自分が少なくとも未知の能力に捕まっているのだから、多少なりとも焦ったりして問いただすのが普通じゃないか。微妙な違和感に不信感を覚えたものの、まあ実力行使されて能力について吐かされる、とかにならなくてよかった。と、少し安心もした。


「さっき、俺を眠らせたのは?」
まだ毛布に巻き付かれているその男は、先程よりは落ち着いている様子で、淡々と私に質問を投げ掛ける。

「私以外の人は此処に来ると、問答無用で催眠状態になって眠るの」
これはネタバレしたところで防ぎようがないし、害にならないから素直に答える。
「それで、だいたい五分から十分であの鳩時計が鳴るから、それがカット・オフ・シグナルになって晴れて催眠状態から解放ってこと」
「時計が鳴るのは毎回決まった時間ではないのか?」
「催眠にかかった人の力量によるね。強い人ほど早く起きるよ」

そこまで訊いてから、奴は此方に寄ってきた。
二メートルにも満たないほどの距離だ。
私は反射で窓枠に足を掛ける。
「俺もそこから出られるのか?」
こっちはいつでも逃げられる体勢だったのに反して、彼はそんな気はないといった感じで、呑気に私の側の窓を指差した。殺気もとっくに消えている。

「…無理だよ。此処から出られるのは私だけ」
「じゃあどうしたら出られる?どうせあのドアはフェイクなんだろう」彼の後方にある玄関のことを言ってるらしい。
「残念だけど、そっちも使えるのは私だけ」
そう言ってから足を外し、椅子に座り直すと、向こうも毛布の落ちた床に座り込んだ。


「俺は此処に閉じ込められるのか」
疑問とも独り言とも捉えられる一言を聞いて、少し腹が立った。
私だって、こんな得体の知れない人間を自分の部屋に置いておきたい訳じゃないのだ。ただ、一定期間中は私の意思に関わらず、侵入者は全員拉致することになっている。その一定期間というのも、相手の強さで自動的に決まる。そんな制約だ。

何かを吐かせる時には便利だが、こういう事故の時には困る能力だなと思ってからコーヒーを啜った。そもそもこんなことは初めてなんだけど。


私は椅子の上で体育座りをして、携帯を取り出した。
それから、男に向き直る。
「いつまで此処にいなきゃいけないのか、調べてあげるよ」
そう声を掛ければ、暫く窓の向こうを見ていた彼が此方を向いて口を開く。

「自分の能力なのに、"調べる"?」
その疑問はもっともだ。これも言ったところでマイナスにはならないら説明してあげることにする。

「この部屋、携帯と連動してるの。拘束時間の計算とかその他もろもろ、便利なことが出来るよ。これを介さないと詳しいことが分からないのは、まあ…制約の一種かな」
そう言って携帯を揺らしてからにっこり笑えば、今まで一番怪訝な顔をされた。
その顔の意味が分からなかったが、気に留めずに携帯の画面に目を落とす。
「えっと、あなたがあと何時間で出られるのかと言うと…」
いつも通りの操作をして、拘束時間を表示する。
そこにあった数字は。


「うそ……」

私の笑みを消すには十分だった。
初めて見る数字。
この拘束期間は、尋問する時の利便性を考えて、拘束対象が強ければ強い程長引く仕組みになっている。何故なら、そうしないと時間内に吐かせることが出来ないから。
そして、これは今までに私が 何回も使ってきた能力だ。
なのに、これは。

「どうした」
私のただならない様子に驚いたのか、男が此方に寄ってきた。敵意が無いのを感じたから、画面を覗く彼を止める理由もない。

「5日と5時間36分…か」
秒数単位でカウントするそれを読み上げた声は、此方を窺う雰囲気を含んでいる。
ちらりと目線を彼にやれば、案の定目があった。「長いのか」と問われたので、首を縦に振ってから、「今までは日を越える事なんてなかった」と、何とか返す。

そうなのだ。こんな数字、見たことがない。覚えている限りで、確か10時間くらいが最長記録だった。
それなのに、遥かにそれを凌ぐこの時間を叩きだしたこいつは、化け物の類いなのだろうか。恐れを通り越して、微かな興味が胸の奥から湧いてきたのを感じる。

「すんごい強いんだね、あなた」
「そんなオレを拘束出来るお前も相当だな」
「いや、これは何重もの制約のお陰。実力なんかじゃない」
謙遜でなくそう返せば、オーラを纏っていない彼は力なく口端だけを上げる。

「5日も念が使えないのか」
「ごめんね。でもそうしないと私の身が危険だし、そういう部屋なんだよ」
「絶にさせる部屋か。厄介だが面白い」

すぐ隣で立っている彼は、何故だか機嫌が良さそうにまたも外を見つめている。なんて奴だ。思わず溜息が出た。ある意味それなりに嫌であろう状態にいるのにも関わらず、全く焦らないだなんて。
たぶん、それほどまでに自分に自信があるのだろう。なんだか少し腹立たしい話だ。
そう思いながら半ば呆れた目で彼を見やれば、それに気付いたのか、目だけで此方を見てきた。

「名前は?」
「なまえ?あ、えっともふもふこ」
このタイミングで訊かれるとは思わなかったので驚きながら返せば、乾いた笑い声が少し聞こえた。
「オレはクロロ=ルシルフル」
「クロロ。クロロ。うん、覚えた。ファミリーネームは覚えきれないかも」

物覚え悪くて、と、にっこり笑えば、特に不満を言う様子もなく寧ろ思った以上に感じ良く、彼も軽く笑ってくれた。
窓から見える海岸線に沈む太陽とその夕焼けがガラスで屈折して、クロロの漆黒の目に燃える赤を混ぜている。

「やっぱり綺麗だなあ」
思ったことを素直に言えば、彼は「此処は眺めが良いんだな」となんとも的外れた事を言って外を見たので、思わず吹き出してしまった。クロロが少し見開いた目で此方を振り返る。
「違うよ、クロロが綺麗って言ったの。さっき寝てるときも思ったんだけどね。いいなあ、羨ましい」

此方を見た彼のその顔は、普段は絶対にしないんだろうなあと思える程の間抜けなものだった。
「なあにそれ、変な顔」
なんでだろう、言われ慣れていないのだろうか。
「…お前、変な奴だってよく言われるだろ」
「なに?」
呆れた顔でそう返されて、今度は此方が目を丸くする番だった。
そんなこと言われたことなんて、ない、はず。おそらく、おそらく。思い出そうと腕を組んだが、結局よく分からなかった。



考えるのも面倒になったのでそのことは忘れることにして、此方を見ていたクロロに笑顔で話し掛ける。

「仕方ないから、五日間は私が面倒みてあげるよ」
偉そうな態度で言ってやれば、予想に反してまたもや人の良さそうな笑みを浮かべられた。
「宜しく頼む」


余裕綽々といった雰囲気のクロロを、五日間の間に一回でも崩してやりたい、となんとなく思いながら笑って頷いてやった。





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-Suichu Moratorium-