どうぞ此方をご覧ください。




絶対に食べきれない、と予想していたピザの束は予想以上に早いペースで片付きつつあった。そうなると"押し込んで食べさせる作戦"は実行に移せないな、とそれを少し楽しみにしていた私の中の誰かが呟いた。しかし、それもまあ別に良いか。といつもの無頓着な私が顔を出したので、その作戦は"どうでもいい"というラベルの付いたフォルダに投げ込まれて終わった。

まだ食べているクロロとは反対に、もう食べられない私は、そうだニュースを見ようと思い立ってテレビをつけた。
向かい合っているクロロもビール片手に持ったまま、ぱちんと鳴ったテレビへと視線を移す。
いつもみるチャンネルでいつものニュース番組がやっていたのでそのまま見ていると、前から手が伸びてきてリモコンを奪われた。
批難の声を上げる間もなく変えられたチャンネル。
テレビには、違う局のニュース番組。

「こっちの方が中立的で正確だ」
「へえ」
そうなのか。特に政治に関心がある訳ではないので中立的でなくてもいいが、情報が正確だと言うのならば今度からはこっちを見ることにしよう。

そう決めた後に画面を見ると、知らないアナウンサから暗闇へと丁度切り替わったところだった。暗い画面をよく見れば空と建物の陰が見えたので、単なる暗闇ではなく、現時刻の屋外を写していることが分かる。
中継映像か。
右上にある見出しのような文字に目をやれば、

「…この遺跡」
「昼間に入った場所だな」

少しわくわくしながら、つまらなそうに紙面を読み上げるアナウンサの声に耳を傾けると、この遺跡に賊が入りある物が奪われたという事をしきりに繰り返していた。
ある物、と報道では濁してはいるが、現物を見た私にはそれが何であるかくらい分かる。

「…あーあ。クロロの仲間が盗っちゃったんだ、あれ」
丁度ピザを食べ終わった彼は、手を拭きながら「ああ」と小さく返して続けた。
「元々は、もふこの盗った方が欲しかったんだがな」
「そう言えば、そんなこと言ってたね」
昼間のことを思い出す。確か、岩蔵は盗ったのか、って訊かれたっけ。
それにしても。

「私はバレないように、侵入した痕は残さないようにしたのにな」
中継の映像を見れば、遺跡の入り口が派手に破壊されているのがよく分かる。そのまま批難めいた目で目の前の男を睨めば、口を斜めに歪ませた。
「手荒な奴が多くてな」
「まったく。これじゃあ、岩蔵を盗った意味が無いよ」
「…気付かれずに侵入して、一般に認知されていない宝だけを盗んで脱出か。中々賢い」

本当は、クロロたちが盗った有名な方のも盗もうかと思っていたことは、言わないでおこう。


しばらく同じような事が繰り返されていた画面が、またスタジオに戻った。それから、さっきまでのアナウンサではなく、偉そうな態度のコメンテータらしき人を映すカメラへと切り替わる。
そいつが喋るのと同時に出てくる人物紹介を読めば、どうやらこの人はブラックリストハンターらしい。
その人が話した途端に、右上の見出しがが変化した。

「…『遺跡からの盗品、行方知れず。幻影旅団の仕業か?』、か」
クロロが読み上げたその文章と、そのことを力説する嘘臭いブラックリストハンターの話を聞いて、思わず笑いが出てしまった。
「あんな何処にでもあるような物、幻影旅団が狙うはずないよ」
「そうなのか?」
いつもの癖で小さい独り言を言ったら、不意に返されて少しびっくりする。そのまま目の前の彼に目線を移すと、少し楽しそうな顔をしていた。もしかしたらこの人は、あの旅団に興味があるのかもしれない。

「分からないけど、なんていうか…本当に旅団なら、もっと何かしらの価値のあるものを盗ると思うんだよね」
今まで旅団に盗られたとされる品を思い出しながらそう言って、クロロに向き直る。

「…でもね。私、本当は幻影旅団なんて、いないんじゃないかって思ってるんだ」

「なぜそう思う」
思いの外食い付いた彼を見て、やっぱり興味があるのだなと確信。
それから昔の事を思い出す。

「少し前の話なんだけど、私、ある富豪が持っている本が欲しいなあと思って盗りに行ったんだ。でも残念ながら私より先にそれを盗った人がいて、噂によるとそれが幻影旅団だったらしいの。それからは取引してもらうために、あの手この手で旅団を探し回ったんだけど、結局そんな盗賊は見つからなかったってわけ」

そこまで話してから、ハンターサイトなんかでも、余りの目撃情報の少なさに都市伝説扱いする人も少なくないということが書いてあったのを思い出す。

「なら、その幻影旅団がやったと言われていることは、誰がやったんだ?」
「それはたぶん、別の人がやったんだと思う。それで誰だかよく分からなかったから、幻影旅団か?!みたいになるんじゃないかな、と」

携帯をいじってハンターサイトに飛び、その検証をしているページを表示してからクロロに見せてやった。
彼の黒目が動いてそれを追っている。
「ほう、こんなのがあるんだな」
「ね?わりと信憑性高いでしょ」
「ああ、面白い」

口を斜めにして笑っている彼を見て、少なからずやばい奴を拾ってしまった、と頭の片隅の私が少し後悔をした。でも、もう遅い。そんな確信が波紋のように頭の中に広がった。


一通りページを読み終わったのか、そこから彼が目を離したタイミングで携帯をしまう。
それからまた二人でテレビのニュースに目を移したが、もう遺跡の事件とは駆け離れた話題で盛り上がっていた。
もっと的外れなコメンテータの話を聞いてみたかったから少し残念ではあるが、仕方ない。諦めて目の前のクロロのビールの様子を窺おうとしたところ、本人と目が合ってしまった。途端に口が開く。

「俺は、盗賊だ。一緒に仕事をする奴も何人かいる。基本は盗みをしているが、たまに慈善活動をすることもある。狙うものは、俺が気になったもの全般で特にジャンルが定まっている訳ではない。手にしてみたい物、その全てが俺たちの狙うものだ」

急に聞かされたクロロの活動情報に驚いて、思わず「なに。いきなり」と返してしまった。
しかしクロロの表情に変わりはなく、そのまま「何か訊きたいことはないか」と訊いてくる。
そこで初めて、さっきのクロロの言葉を思いだしてみてからそれを消化した。

盗賊だというのは、最初に遭った場所と状況だけにすんなりと信じられたが、慈善活動をするというのはなんとも抽象的で気になることは気になる。だけど突っ込んだところで面白い話が聞ける訳でもなさそうだ。第一、面倒くさい。

「特にない!」
にへらと笑って答えれば、先程見せた酷く呆れた顔をされた。
「適当だな」
「そのうち、必要になったら訊くことにするよ」

そう言ってから再び笑うが、今度はなんの反応もされなかった。いや、別になにかリアクションが欲しいわけではないから良いのだけれど、真顔で佇まれるのも少し気味が悪い。
暫くそのままで待ってみたが、彼の目は何かを急かすように此方を見据えたままだ。
「な、なに…?」
痺れを切らしてそう問えば、彼は顎を出して、また「本当に呆れる」という顔をして見せた。

「次はお前の番だろう」
一瞬、何を言っているのか分からなかったが、クロロが「もふこについて」とぼそりと言ったので、漸く理解出来た。
なるほど、今度は私が自己紹介みたいなものをするのか。だけれど自己紹介だなんて、いつぶりだろうと思ってしまうくらいにご無沙汰。学生時代ぶり?いや 、あのときも下手したら自己紹介なんてものは、きちんとやっていないかもしれない。
面倒だな、と思って顔を上げると彼と目が合う。急かす目だ。慌てて下を向いて、言う事を探すことにする。でもやはり思い浮かばないから、苦肉の策。クロロのをパクろう。

「私も一応、盗みをしてる。仲間って言える人はいないかな。盗る物は、お願いされたもので納得出来るものなら全部」
案の定、私のその説明に彼は軽く首を捻った。
「それは、例えばどんな物だ」
「そうだなあ。先週は、なんだかよく分からないけど、一族の家宝を盗まれたから取り返してって言われて誰かの家に入ったよ」
"納得出来る"というのは、理由が相当だと思える場合のことだよと続けて言うと、彼は理解したというふうに瞬きをした。

「これで、俺たちは互いの大まかなことを知れたって訳だな」
「あっ、そうだ!私!クロロの能力知りません!」
そういえばと思って勢い良く手を挙げてついでに身を乗りだして主張したのに、クロロからは冷ややかな目線しか返ってこなかった。
「…クロロが私のだけ知ってるのは、フェアじゃないよ」
「気が向いたらな」
絶対にその方向には向かないであろう彼の気を恨むつもりで睨んだが、それもまたスルーされた。


私の能力は知ってるのに自分のは言わないだとか、人の携帯使わせろだとか、人の家に居るのに好き放題ピザ頼むとか、無理矢理自己紹介させるだとか、こいつのどの行動一つ増えるごとに、私はペースにのまれていく。
ああ、まったくフェアじゃない。
私の家なんだから、私がイニシアチブを取るのが普通なのに、それはあっという間に彼の手の中にあった。

少しだけ上った血のせいで余計酔いが回ったのか、ぼうっとした私の視界から、クロロが消えた。
はっと上を向くと、口許を少し上げた彼。
なんだ、立ち上がっただけか。

「もう時間も遅い」
ふと時計を見れば、確かに夜中も目の前だった。
「あれ、こんな時間。寝ないとね」
「ああ」

そう言うや否や、クロロは素早く私のベッドに寝転んで言った。
「借りるな」

瞬時には事態が飲み込めなくて、暫く呆然と立ち尽くしてしまったのが悪かった。
はっと気付いて、それから、「ベッドは私の!」と強く叫んでも退かそうとしても返事もしなくなってしまった。

こんなのを拾ってきてしまうだなんて、全く以て今日はついてない。
仕方なくクロロをベッドの隅に押しやって、空いたスペースに入り込んでやった。

軟禁した者とされた者、同じところで寝るなんて、フェア過ぎる。そんな関係、聞いたことがない。

複雑な思いに捕らわれながら、電気を消した。

フェアでいて良い関係じゃないのに、隣に寝そべるやつのせいで、私は意図しない流れにのまれていっていた。そんな今日の一連の出来事を考えて、早くこんなやつ追い出してやる、と誓ったのは説明するまでもない。










-Suichu Moratorium-