クロロと会社員
私は、誰かと食事を共にするのが苦手だ。
ご飯を食べる、ということは、一つの生命活動だ。つまり、人間の野蛮な部分のひとつ。そんな部分を他人と共有するなんて、まっぴらごめんだ。ちょっとばかり、おぞましい。
そんな考えだからか、私は、勤め先のランチタイムは、必ずといっていいほど誰とも過ごすことなく、一人楽しく公園で優雅なひとときを噛み締めているのだ。
今日だってそう。
周りの社員が、いそいそと食堂や、近くの定食屋に姿を消すのを横目に、私はいそいそと近所で買ったベーグルサンドとお茶を持って会社の近くの公園に向かったのだ。
日陰にあって、比較的綺麗目ないつものベンチを探しだして、ようやく急ぎまくっていた足を止める。それから、ふう、と無意識に息をはいてから、すうっと空気を吸う。
都会の中の造られた緑だ。山の中にあるような、綺麗な酸素はここにはないが、会社のそれよりはよっぽどいい。そう感じながら背伸びをして、ご飯を食べる。それが私の日常だ。
しかし、今日は違った。私の足は、いつものベンチを見つけた瞬間に止まってしまう。
私のいつものベンチが、怪しい男に陣取られているのだ。
ああ、くそ。内心舌打ちをして、周りを見渡すが、近くに良いベンチはない。これ以上奥にいけば、会社から離れすぎてしまう。ここじゃないと駄目なのだ。
幸い、男はそのベンチの端に座っていた。
よし、端だ、私も端に座るぞ。と意気込んでそのベンチに向かうが、近付くにつれ、その男の雰囲気がおかしいことに気が付きはじめる。これといって変なところはないのだが、佇まいが普通ではない。
でも駄目だ、ここまで近付いたら後戻りなんてできない!
覚悟を決めてそのベンチの端に、ちょこんと腰を下ろす。一応軽く会釈はした。
それからいつもの手順を意識しながら、お昼ご飯に移る。
隣の男は、絵のように足を組んで読書をしている。いや、読書はいいんだ…それ以上に気になることが…。はっと気付くと、私は彼を凝視していた。いけないいけない、これじゃ私が怪しい。よし、あれだ。ご飯に集中。
いつもの平穏でちょっぴりアンニュイなランチタイムは何処へやら、私の頭の中は洪水みたいに大パニックだ。
とりあえず、ご飯を食べる。ああ、ここのベーグルはいつ食べても美味しい。このハム、たまらない。え、なにあれ。ええと、頭に…包帯?いやいやおかしいでしょ。怪我?怪我なの?外にでていいの?ああだめ、気になって仕方ない。
またもやベーグルに齧り付きながら彼を見ていた自分に気付く。
はっとして目を背けようとした瞬間、見事に目が合ってしまった。
やってしまった!!と頭の中で自分の叫び声が響くが、顔には一ミリも出さない。(でもベーグルを噛んでいる恥ずかしさは、顔に出たかもしれない。)
彼は、目が合ったまま、目元と口のみで笑って見せた。
私も、真似るように顔を動かす。
「美味しそうだね、それ」
話しかけられた。予想外。ベーグルをぐっと飲み込んで、慌てて口を開く。
「美味しいですよ、とっても」
「いいね。俺も昼飯にしようかな」
パタンと読んでいた本を閉じて立ち上がった彼は、またもやにこりと微笑んで見せてから、じゃまた、と告げ、優雅に去っていった。
残された私は、若干の放心状態だ。
なるほど、あれが世に言う美形なのかもしれないな、と思ってから、その美形に食事姿を見られたということ、はたまた美形なのに額に包帯という怪しい格好をしているということが頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合った。
それから最終的に頭の中に浮かび上がった言葉が、「明日も此処でお昼を取ろう」なんていうある種、乙女的なものだったことに、自分自身でビックリした。そんな、不思議なある日の昼休み。
150827
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-Suichu Moratorium-