今日はなんだか、屯所内が浮足立っているような気がする。
るんるんといい年をした大人がスキップをしている様子から察するにきっと何かいいことでもあったんだろう。
それが例えば近藤さんだけだったとしたら、恐らくお妙さん関係なのだろうなと思うのだけれど、どの隊士も頬を染めながらそんなことをしているものだからつい気になって、台所の前を通り過ぎた隊士を捕まえ、何があったのか聞いてみた。
そうして返ってきた答えはこうだ。
「お通ちゃんが一日局長をすることになった」
メディアに触れ始めたのはつい数か月前のことだったので私自身はあまりピンと来なかったのだけれど、名前くらいは聞いたことがある。
人気沸騰中のアイドル、寺門通さんのことだろう。愛嬌のある容姿もさることながらアイドルには珍しくバラエティ番組にも選り好みをせず出演し全力で活動に取り組んでいる、と特集が組まれているのを見たことがあった。
その特集の挿入歌としてその背後で流れていた曲は……正直、アイドルが歌っていいような歌詞だとは思えなかったけれど、それもきっと彼女の武器なのだろう。
あんなに可愛らしいアイドルが来るとあっては浮足立つのも頷ける。
私よりまだ全然若いのに自立している彼女のことを考えていると、自分も自分に出来ることを頑張らなければと思えた。
「あ、咲さん。おかえり」
買い物から屯所に帰り、扉を開けた時、山崎さんにそう声を掛けられる。
草履を脱ぎながら玄関に上がると声とは裏腹に安心したような表情を浮かべている彼に首を傾げた。
「…?どうかされたんですか?」
「ああ、いや。えっとね、最近、婦女子誘拐事件が多発しているんだ。今からその調査に行くところなんだけど…一応咲さんにも気を付けてもらおうと思ってたのに、起きたらもう咲さん居なかったからちょっと不安になっちゃって」
不審者とかいなかった?と言いながら彼は私の手から買い物袋を取る。
それから何てことないように私の前を台所まで先行した。
……この人は、本当に。
「ええ。大丈夫でしたよ。すみません、何も言わず出かけてしまって。早い時間から特売があったものだから」
今まで恋人がいなかったことが不思議なくらいスマートなその動きに煩くなった心臓を押さえつけながら、購入した食品を冷蔵庫にしまっていく。
「ね、咲さん。次からは起こしてよ。遠慮しなくていいからさ」
「え?でも、お疲れのところ悪いですし…」
「大丈夫。この間みたいに攘夷浪士に狙われないとも限らないし、誘拐とか物騒な事件も多いから心配なんだ」
買い物袋から牛乳を取り出してこちらに差し出しながら彼は笑った。
「…わかりました。もしまた早い時間から特売があるときは、山崎さんにお声を掛けますね」
「うん。よろしくね」
彼は空になった買い物袋を丁寧に折りたたみ、決められた場所に突っ込む。
それから時計を見上げると、うわ、と声を上げた。
「やば。もう出なきゃ」
「朝ごはんは食べていかれないんですか?」
「うーん。ごめん、時間無いからもう行ってくるよ」
少し慌てた様子の彼に少しだけ待ってもらい、包みを渡す。
たった今急いで作ったおにぎりだ。米が丁度炊けてくれて助かった。
「もし良ければ行きがけにでも食べてください」
「わ、ありがと、咲さん」
玄関まで彼を見送る。
潜入調査だからか私服に身を包んだ彼にそっと手を振った。
「いってらっしゃいませ、山崎さん。お気をつけて」
「うん、いってきます。……なんか新婚みたいだね、これ」
頬を染め、はにかむ彼に釣られて顔に熱が集中する。
彼はおにぎりの入った包みをきゅう、と握りしめると、意を決したように顔を上げた。
「咲さん…"お前様"って呼んでみてくれない?」
「……えっ…」
いたって真剣なその表情に一層顔が熱くなるのを感じる。
「…お、おまえさま」
恐る恐る震える唇でそう言った。
ふいと彼に視線を向けると、口を開けて顔を真っ赤にしている。と思ったら、すぐに顔半分を手で覆い、くるりとこちらに背を向けた。
「あー…やばいね、これ。心臓壊れそう」
背中越しに彼が肩を震わせながらそう言う。そうしてそそくさと出ていこうとする背にそっと声をかけた。
「ご無事で帰ってきてくださいね。…"お前様"」
玄関の向こうで、山崎さんが膝から崩れ落ちていたことを私は知らない。