石段の上でだらける猫の背中を撫でると、なーん、と間抜けな鳴き声が響く。静かなこの場所で出会った黒ブチのこいつは人に懐いてるのか全然逃げる気配はない。それをいいことに冷たい手で背中を撫で続けていたらふと後ろから声が聞こえてきた。猫が振り向く。ついでに私も一緒に振り向いたらそこには太陽を背にした黒くて長いシルエットが浮かんでいた。あ、と呟く前にそのシルエットは私の肩をつかむと退け、と小さく呟いて狭い石段の端に追いやられる。
「お前学校は?」
「・・・岡峰さんこそ仕事はどうされたんですか?っていうか、狭い」
黒ブチの猫は岡峰さんがやってきてもやっぱり逃げる気配はなくてこの警戒心の無さは野良猫としてあまりよくないんじゃないかと心配にさえなってくる。青の塗装が剥げた手すりを掴んでそんなことを考えていると岡峰さんの大きな手がさっきまで私が撫でていた黒ブチの猫の背中に伸びて、私とは全然違う撫で方をした。すると猫は私のときはなーんと鳴くだけだったのに岡峰さんに撫でられている今、気持ちよさそうな顔をして喉をゴロゴロ鳴らしているではないか。
「あったけー・・・」
「・・・私のときはゴロゴロ言わなかったくせに」
恨めしく呟いたら隣で岡峰さんがケラケラ笑った。目を細める猫と同じように目を細めながら。
「そりゃあ、俺は飼ってるし」
「私だって近所の猫と仲いいし、猫カフェも行ったことあるし!!」
「接する時間が違うだろ」
「岡峰さんだって仕事でお家いないじゃないですか」
「でも仕事が休みのときはとことんかわいがる」
「・・・」
「お前も猫飼えばいいのに」
「貧乏学生はペット可な高級マンションには住めませんよーっだ」
いつまでも気持ちよさそうにしているこいつにも腹が立ってきて尻尾を掴んでやろうかと思った。そんなに岡峰さんの手がいいか。大きくて優しそうだもんな。あったかそうだもんな。ええいこんにゃろ。ムカつく。でも、やっぱりかわいい。許す。なんて一人でやり取りしていたらふと岡峰さんに撫でられてゴロゴロ喉を鳴らしていた猫がすくっと立ち上がった。ぱっと岡峰さんが手を離す。すると猫は岡峰さんの手に顔を摺り寄せたあとなーん、と気の抜ける鳴き声を残して路地の方へ消えていった。やっぱり猫って気まぐれだなあ。そんなとこも好きなんだけど。
「いっちゃった」
そう言うと岡峰さんはちらっと私を見たあと私の頭に手をついておっさんのようにこれを漏らしながら立ち上がる。ぐんっと押された私は首に変な負担をかけたせいでぐぇ、とマンガの雑魚キャラがやられたときのような声が漏れた。
「・・・ところでお前、学校は?」
・・・まだ聞くか、このおっさんは。
「・・・午後からです」
「午後からって、もう二時過ぎてんじゃん」
「今から行きますー!」
私の癒しの猫を取られた悔しさから刺々しくなる言葉を岡峰さんはむっとした表情一つ見せずに、むしろ笑って流すと自分のジーパンの尻ポケからチャリンと鈍く光る鍵を取り出した。
「今なら送っていくけど」
・・・何そのスマートな感じ。つい最近まで垢抜けない田舎のおっさんだったくせに。どこでそんなこと覚えたの。そんなキャラでもないくせに。
心の中で何度も何度も悪態をついたけど結局その奥に隠そうとした嬉しいという気持ちが勝って、でも悔しいから口から出るのは相変わらず可愛げのない言葉ばかりだ。そろそろ岡峰さんも呆れてるんじゃないだろうか。
「・・・スタバ奢ってくれるなら乗ってあげてもいいですけど」
「お前どこから目線で物言ってんの?」
「そんなナンパ紛いなことするからでしょ」
「相変わらず素直じゃねえな」
伸びてきた手は私の頭をぽんぽんと軽く叩いたあと髪が大きく乱れない程度に撫でられた。岡峰さんの手はさっき想像していたとおり大きくて優しくてあったかくて、なんだか猫の気持ちが分かったような気がした。喉はゴロゴロ鳴らないけど。
「子供は素直に大人の好意に甘えなさい」
子供じゃないです!という反論は華麗にスルーされて岡峰さんは石段を登っていく。その背中をただ眺めていて足が動かないでいると長いシルエットが振り返る。岡峰さんは呆れ顔で手招きをする。私は緊張する足をゆっくり一歩前に進めて一段石段を登ったあとふと隣の路地を見るとあの黒ブチの猫が、まるで笑って私たちをみていたかのようにそこにいた。
高みの見物
「早く来ねえとスタバ奢んねーぞ」
「・・・今行きますー!!」
ついったのその人のイメージでお話の冒頭部分だけ書くというタグで反応してくださった某方に捧げるお話でした
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