「私は、つんつくヘアーもかわいいと思ったけどなー」
ファンからの反応はいまいちだったでしょ?と聞くとソファに横になっていた和彦が鬱陶しそうに髪を触る私の手を振り払って小さく知らねえよとだけ呟いた。そんな和彦は現在テレビに釘付け。何があってるかというと負けが決まってるサッカーの試合。そんなにテンション下がるなら見なければいいのにと思ったけど口には出さなかった。たぶん怒られると思うから。
私は和彦の髪を触るのをやめてソファの前にしゃがみこむ。ふと、目線と同じ高さになったテーブルに置いてあるマニキュアに目が留まる。季節を先取りした薄いピンク色のマニキュアは数時間前に私の爪に塗られたまま放置されていた。片付けるの忘れてたなあとぼんやりマニキュアに手を伸ばす。そのとき、あー、と呻いて組んでいた腕を投げ出した和彦の手が視界に入った。その一瞬の間で私は躊躇なくマニキュアの瓶を開ける。シンナーのきつい匂いはワクワクするけど具合も悪くなる。
「あー・・・なんでだよー・・・」
うなだれる和彦の手を取ってみる。振り払われるかなと思ったら振り払われなかった。私は手を持ち上げる。右手にはピンクの液体が今にも零れそうな小さな刷毛。そぉっと和彦の親指に刷毛を乗せる。恐る恐るリアクションを待っていたけど和彦は何も言わずにただうなだれていた。彼女の悪戯よりサッカーの方に気が向いてる和彦が少しムカついたけどいいや。全部塗っちゃおう。
「・・・なにやってんだよ」
なるべくはみ出さないように真剣に塗っていると頭の方から声が降ってきた。視線だけ上げると同じく視線だけこっちに向けた和彦がいろいろ感情が混ざった複雑な顔でこっちを見ている。
「マニキュア塗ってる」
「なんで」
「・・・ほら、冬って、爪、割れるじゃん?」
私は割れたことないけど職場の先輩が洗い物をしながら冬に水仕事をしてたら手は荒れるし爪も割れるから嫌だと嘆いていたのを思い出したから言い訳は簡単に口から言葉が零れた。そういえば先輩も目立たない色のマニキュアを割れ防止によく塗っている。
「爪、割れたら、痛いじゃん?」
親指に息を吹きかけて人差し指へ刷毛を移動させる。和彦は私の言葉になんて返すわけもなくただマニキュアを塗られていた。そんなにサッカーが負けたのが悔しかったのか。男の爪に春先取りなピンク色のマニキュアを塗られても文句のひとつも言わないぐらい。
和彦が何も言わないから私はただ黙々とマニキュアを塗る作業に集中した。久しぶりに見る和彦の手は少しかさついていてささくれが出来ていた。頑張ってることが一目で分かる手だった。ぎゅう、っと愛しさがこみ上げてきて若干刷毛の先が震える。危うくはみ出しそうになった。
その後二人の間に一つも会話は生まれず、和彦の片手の指先は私の手によってピンク色に染め上げられた。
「よし」
ふーっと息を吹きかけたり新聞の広告でぐったりとソファの上から垂れる手を仰いでみたりしていると和彦の手が持ち上げられた。そして自分の顔の近くに手を持っていくと、くさい、と一言言って眉間にしわを寄せる。
「そりゃあ、マニキュアだし」
「で、なんだっけ、これで、爪割れんの、防止してくれるの?」
「気休め、らしいけど」
「ふーん・・・」
文句を言われる準備をしていたのに和彦は何も言わずにじろじろ指先を眺めている。なんか言ってもらったほうが、悪戯した!って気持ちになるのに和彦は何も言わない。むしろ自分で指先に息を吹きかけている。もう乾いてるよ、たぶん。
「・・・怒らないの?」
「なんで?」
「いや、勝手に塗ったし」
「割れるの防止してくれたって思えばムカつかない、こともない!」
なんだムカつかないのか・・・と残念に思った瞬間さっきまでうな垂れていた和彦がソファから飛び起きて私の頭をぐしゃぐしゃにする。トリートメントをサボったばさばさの髪が和彦の指に引っかかって痛いのなんのって!!
「あいたたたた!!痛い!和彦!」
言ってる間に私はヘッドロックをかまされる。
「う、ギブ!」
「ピンクにした罰は重い」
「じゃあ塗ってるときにやめろとか言って・・・ごふっ」
「あ、ごめん力みすぎた」
力が緩んだ隙を突いて和彦の腕から逃げると和彦はついにソファから降りてきた。うーん、構ってくれるのは嬉しいけど和彦の中にサッカーが負けたという苛立ちが混ざってるからじゃれあいに本気が滲んでくるんだよなあ・・・。さっきも絞められたし。殺される。かも。
「ごめんって!」
「許さん」
「じゃあ塗ってる途中で抵抗してよー」
「俺が落ち込んでるときを狙ってきたのはお前だろ」
「手動かすくらいの元気はあるでしょ!」
「爪割れ防止なら透明がよかった」
「そこ?」
逃げるタイミングが一歩遅かった私は和彦の腕の中に捕まえられる。逃げようともがいたけど無駄だった。私を捕まえた和彦は仕返しと言いながら私の肩を甘噛み・・・のレベルを超えた力で噛み付いてきたから思わず頭突きを食らわした。(お互いめっちゃ痛かった。)
構って!
家でいちゃついてるバカップルはかわいいです←バカップル好き
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