夜風はじめっとした不快感の中に秋を忍ばせて流れていく。長く伸びた髪をまるでお風呂上りのときのように頭のてっぺんでお団子にまとめた私のさらけ出されたうなじはじっとりと汗をかいていた。丁度日付が変わった深夜0時、私と和彦と滝と卓郎は手入れが全くされていないことがよくわかる生い茂った植物を掻き分けながら少しぬかるんだ道を進む。先頭にいるのは妙に張り切っているちひろで、そいつが持ってる懐中電灯の灯りはふらふらと揺れてちゃんと足元を照らせていない。なぁにが夏の思い出だ。心の中で毒づいた私はさらけ出された足にくっつく虫を手で払いながらため息をついた。

事の発端はテレビであってた心霊映像を集めた特番だった。まだまだ暑い夜に云々と歌い文句をつけたその番組はどこかで見たことのある映像の寄せ集めで何一つ面白くなく、ただ晩ご飯を作るときに静かなのが嫌だったからBGM代わりに流していただけ。それを私とは別の場所で見ていたらしいちひろは妙な思い付きをしてすぐに私たちに連絡をよこしてきた。それが夏の思い出に肝試しに行こう、ということで、冒頭に戻ることになる。



「虫除けスプレーかけてくればよかった」



持っていたタオルで足の近くを払いながら不機嫌そうに和彦がそう言うとすでに蚊に刺されたらしい卓郎が同じく不機嫌な声で「同じく」と呟く。たぶんもうすぐしたら私も卓郎みたいに不機嫌になって「私も」と言うのが目に見えた。



「っていうか暑いんだけど」

「夏だからな」

「ちーちゃんもう帰ろうよぉ」

「情けない声を出すな!」

「めんどくさいよ、あんた」



ビーサンはかなりの失敗だった。少しでもぬかるんでいる道では底が滑るし、伸びかけの雑草が爪の隙間に入って泥が詰まっていくのが嫌なほどよく分かる。無難なスニーカーがよかっただろうか。でもこんな場所に来るなんて思ってなかったから仕方ないといえば仕方ないんだけど。そこで私はなんとなく実家の靴箱に眠っていたらしい一度しか履いたことのないテニスシューズの存在を思い出した。あれならこんな道でも滑らないだろうな。今度実家から持ってくるか。雨の日のライブハウスで滑ってずっこけることもなくなるだろう。
変な方向に向いた思考のベクトルを慌てて元に戻す。今はそんなことを考える場合じゃない。とりあえず進むか、張り切っているちひろを止めるかのどちらがいいのかを考えるべきだ。・・・考えなくても一番いいのは後者なんだけど。
そんなことを考えていたらついに右足が雑草を踏んづけて体が大きく傾いた。とっさに近くにあった卓郎の腕を掴むと痛そうな悲鳴が聞こえたあと「大丈夫?」とまだ痛みが残ってる声で心配してくれた。



「ごめん!爪刺さった・・・ね、大丈夫?」

「俺は大丈夫」

「よかった。私も一応大丈夫。ありがとう」



お礼を言うと卓郎は慣れた含み笑いをしていいえ、と紳士的に返してくれた。これがちひろや和彦だったなら文句を言われてたに違いない。滝は・・・気をつけなよ、ぐらいは言ってくれるだろう。たぶん。



「・・・ところでさ」



いつの間にか私と卓郎より前を歩いていた和彦と滝の歩くペースが遅くなった。ちひろの歩くペースは落ちていないようで相変わらず懐中電灯の灯りがふらふらしている。



「なんか寒くない?」

「・・・たし、かに・・・」



さっきは不快でたまらなかったじめっとした夜風が、なぜかしんと静まり返っている。虫の鳴き声も聞こえない。なんとなく自分のうなじを触ったら汗をかいていたはずなのにさらりと指が滑った。思わず足が止まる。今まで気付かなかったのに、いざ異変に気付いたら急に怖くなった。ぞわぞわと肌が粟立ち始める。



「ちょっと、これ、なんか・・・ねえ!」



私を置いて歩いていこうとした四人を止めるように大きな声を出すと前を歩く三人は振り向いてくれた。だけど先頭の懐中電灯の灯りはふらふら進んでいく。



「ねえ、これ以上はやめとこ?」

「なんで?」

「なんかやばい気がする・・・」

「霊感的な?」

「霊感ない私がやばいって思うんだからたぶんやばいんだって」

「・・・確かに、なんかおかしい気はするけど・・・」



私の意見に賛同してくれたのは滝だった。ひげが生えた顎を触りながらキョロキョロと辺りを見渡して元々細い目を更に細める。ズル、ズル、と不気味な足音はどんどん前に進んでいく。



「・・・やめとこう」

「マジで?」

「足元悪いから怪我しても困るし」

「・・・そっか・・・そうだね」



これでも反対して進まれたらどうしようかと一瞬だけ焦っていた私はほっと胸を撫で下ろす。五人中四人がこの肝試しをやめたほうがいいと意見が一致したんだからもうちひろは強制的に止められる、はずだ。



「ちひろー!!やばいって!!もう帰るよー!!」



私の声が響いただけで先頭を進むちひろからの返事はない。懐中電灯の灯りが大きくよろめく。



「ほら!転ぶって!かみじょうくん!!」

「今怪我したら困るから帰るってば!!!」

「おいばかみじょう!!!!」



誰の言葉も届いていないのかズルズル音を立てながら進むちひろは止まろうとはしない。次第に灯りは大きくぶれ始めて、だんだん人が操っている光なのかどうかも分からないほどあちこちを照らす。



「ちひろってば!!!!」

「あんだよ」



返事が返ってきたけどそれは前からじゃなく私たちの後ろから聞こえてきた。四人いっせいに悲鳴を上げて思いっきり振り向くと、そこにはなぜかちひろが呆れた顔をして立っていた。



「お前らはぐれんなよー。ちょっとちーちゃんビビっ」

「な、んで?」



意図せず声が震えていた。体が中心からがくがくと震えだす。これは本当にちひろなのか。じゃあ、前にいた人は―――

ぞくり、ぞくりと悪寒が走る。心臓が低く地を這うように動く。



「か、みじょうくん、今日、黒の、ジーパン、じゃ・・・」



確かにちひろの足元に肌色は一切見えていなかった。・・・さっきまでは。



「はぁ?このくそあちーしかもぬかるんだとこにジーパンで来るかっての」



水を打ったように静まり返った。



「ひ、」



引き攣った喉から漏れた声と誰かの囁きは同時に聞こえた。冷たい何かが私のさらけ出されたうなじを撫でて音もなく消えていく。

気付けば私たちは一心不乱に走り出していた。荒い呼吸と呼吸の隙間に誰かの笑い声が聞こえる。必死で走っていたらぬかるみに足を取られて勢いよく転んだ私に誰もすぐには気付いてくれない。その代わりに、見たことのない女の人が









「ここマジで出るらしいよ」

「やばっ!怖い!」

「全然怖がってないよね」

「ちなみに誰情報?」

「なんか友達の友達?が先輩?から聞いた話らしくて」

「また遠いとこからのお話で・・・」

「信憑性薄いな」

「で、どんな話?」

「あー、なんか、六人?ぐらいの人数で入っていったのに出てきたときには二人足りなかった、だったかな」

「ベター」

「なー。期待したのにー」

「まあ話の元ネタの出が遠いから」

「そうだけどさ・・・ところでその場で気ぃ失ってた女の人って結局助かったの?」

「・・・え?」






書いたお前が一番ベタだよ

20170517