ジャガイモの芽を取るのは上手になった。魚はまだ上手に三枚に下ろせない。クッキーぐらいは焼けるようになった。圧力鍋を買って便利さに驚いたのは一週間前だったと思う。あとね、ジップロックで冷凍保存するってことも覚えたよ。
この間実家に帰ったときに持たせてもらったお米を炊いて、同じように持たせてもらった自家製味噌で味噌汁を作る。私の家では味噌汁にたまねぎとジャガイモは絶対入ってるから私も絶対入れるようにしてる。そして偶然スーパーで安売りをしていたお豆腐を手のひらに乗せて包丁で切ったあと鍋の中に形が崩れないようにゆっくり入れていった。味噌汁は煮立たせたら塩辛くなるからダメなのよ、とお母さんの教えを忠実に守る私はコンロの火を小さくして蓋を傾けてかぶせた。吹きこぼれたら危ないもんね。めんどくさいし。
冷蔵庫のたまごフォルダーには二個しかたまごが残っていなかった。今日買いに行かなくちゃ。残っていた二個を取り上げたあと忘れないように冷蔵庫にぶら下げているホワイトボードに「たまご」とメモをした。あ、あと塩コショウ。そういえばケチャップもないんだった。マヨネーズも微妙だし一緒に買おう。ホワイトボードにメモしている買うものリストがどんどん更新されていって長くなっていく。あれもそれもと考えていたら後ろから嫌な音がした。慌てて振り向く。
「あ!」
吹きこぼれた味噌汁に慌てて火を止めながらちゃんと蓋傾けてたのに!とやり場の無い苛立ちに思わず一回床を思いっきり踏んだ。かかとが痛かった。
「・・・上手くなったよなぁ」
テーブルに並ぶチキン南蛮と味噌汁、卵焼きに炊き立てご飯を見ながらちひろくんは感慨深そうにそう言った。でしょでしょ?ともっと褒めてもらいたくて笑って見せるとちひろくんはそんな私を見ることなく「でもチキン南蛮に卵焼きはどうかと思う」と呟いた。別にいいでしょ!気づいたら作ってたんだもん!でもそのせいでタルタルソースのたまご無くなったからコンビニまで買いに行ったけど!でも全部手作りだし!・・・って言いたかったけど言うより叩いたほうが早かったから無駄にたくましい腕をグーで思いっきり叩いておいた。痛いと睨まれたけど知らない。早くご飯を食べよう。冷めちゃう。
「ん、うまい」
「ほんと?」
「うん。たまごの殻入ってないし」
「それ最初のときだけでしょ!!」
初めて卵焼きを作ったときにたまごの殻が入っていたことをいつも意地悪に引っ張り出してニヤニヤするちひろくんはそれでも箸を止めることなくチキン南蛮と卵焼きと味噌汁とご飯をバランスよく食べていった。ちょいちょい昔の私の料理の失敗談をちひろくんが穿り返してくるのはもう恒例で、それでも、恒例になっているにもかかわらず、未だ尽きないネタにたまに自分でも呆れることがある。たぶん小火騒ぎ以外の失敗というのは網羅しているんじゃないだろうか。だってちひろくんに出会うまで私はまともに自炊なんてしたことがなかったんだから、仕方ない。その頃唯一作れるのってうまかっちゃんぐらいだった。なんならそれさえ失敗することもあった。そんな私が変わろうと思ったのはちひろくんの方が料理が上手だったから、じゃなくて、ちひろくんの胃袋を掴んでおかないと他の料理が上手なお姉さんたちに取られてしまうと思ったから。前にちひろくんのバンドのライブに行ったとき、楽屋にきれいなお姉さんが手作り料理を差し入れしていて一口貰ったそれが美味しいのなんのって。感動したのと同時にものすごく焦った。ちひろくんのタイプそうなお姉さん。料理が上手。うまかっちゃんさえまともに作れない私。競うとしてもどこを競うの?と自問自答するぐらい勝ち目が無かった。火を見るよりも明らかってこのことをいうんだろうと痛感した。それを冗談風にちひろくんに言ったら「女子力ないもんな、お前」と笑われて、ショックを受けた・・・わけではなく、むしろ火が点いた。おーおー女子力?んなもんすぐに身に着けてやんよ!!絶対ちひろくんの胃袋鷲掴みにしてやる!!
まあでもそう簡単にいくわけなんてもちろんなく。二十数年全く料理をしてこなかった私にはおにぎりを三角にすることさえ困難だった。どうにかたまごは割れてたけど黄身は大体潰れていたし、お米を炊けばぼそぼそになるかべちゃべちゃになるかの二択で、今は作れる卵焼きの作り方だって知りもしなかった。こんなので私はよく今まで生きてこれたなと思ったし、こんなことを当たり前のように簡単にこなす世の中の女の人たちはみんなすごいと思ったし、なによりこんな私と付き合ってるちひろくんってすごいなと思った。だからこそ、絶対料理上手になってやるとも強く思った。
「そういやさ」
「ん?」
私より先に食べ終わったちひろくんが空になった自分の分の食器と、同じように空になっていた私の分の食器を持ち上げながら口を開く。慌てて味噌汁を飲み込んで返事をすればシンクをガチャガチャいわせながらちひろくんは話を続ける。
「前楽屋来たときに会ったお姉さん覚えてる?」
「あの美人さんでしょ?」
私より全部秀でてて私を焦らせたあの美人さん。付け加えたかったけど口にはしなかった。私はそこまでバカじゃない。
「そうそう。結婚すんだって」
「え、彼氏さんいたんだ」
「うん」
「狙ってたでしょ?」
キッチンに入りながらそう言えば、ちひろくんは「まさか」と笑いながらスポンジを手に取った。そしてスポンジを揉んで泡立てながらちひろくんはさらに話を続ける。
「結婚式呼ばれた」
「へぇ。どこ?」
「ディズニーランドだってさ」
「え!?超お金持ちじゃん!!」
「プロポーズはシンデレラ城前」
「ろ、ロマンチスト・・・」
「なんかそういうのさらっとやっちゃう人らしい」
私なら何も言わずに自分からお皿洗ってくれる人のほうがいいけどなぁ。
「やっぱ女の子っていくつになってもそういうのときめくわけ?」
「そりゃあ、うん。そうじゃない?」
濡れそうになった袖口を引っ張ってあげながら私以外の世の中の女の子の気持ちを代弁するとちひろくんはふぅん、とだけ呟いてそこから何も言わなくなった。無言でお皿を洗って無言で水を出して無言で濯いでいる。沈黙が怖くなってきて恐る恐る顔を覗き込むとちひろくんは難しそうな顔をしていた。え、今の会話でなんでちひろくんが難しい顔になるの?ちひろくんの難しそうな顔を見た私の顔はたぶん変になっていただろう。そしてちひろくんの突然の柔らかい笑顔にさらに私は変な顔になった。
「・・・まぁ、女子力次第だな」
Q.三畳半のキッチンはシンデレラ城になり得るか A.あなたの女子力次第です
「え、どういう・・・」
意味が分からなくてたくさんのクエスチョンマークを飛ばす私を見ないままちひろくんは冷蔵庫にかけてあるホワイトボードをみて「きたねー字」と笑った。
title by 星食
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