「線香花火しようよ」
家の仏壇から持ってきたろうそくとマッチ、そして線香花火を持ってビールを飲みながらテレビを見ていた将司くんにそう言うと将司くんは何度かぱちぱちと瞬きをしたあと目じりに皺を寄せて「やるかぁ」と笑った。
我が家と将司くんの家は昔から仲がよくて、私はしょっちゅう将司くんの家に遊びに行っていたし、将司くんも東京から帰ってきたときはよくお土産を持って顔を出してくれている。将司くんは小さいときから私を可愛がってくれていて、私はそんな将司くんのことが子供のときからずっと好きだった。というか現在進行形で好きなわけなんだけど、その気持ちは伝えられていない。小さい頃に好きだと言っていたことはもちろんノーカン、私の気持ちが本気なんだと伝えられる年齢に達したころはもう将司くんは東京へ行ってしまって、それじゃあ私もと将司くんを追いかけるための上京の準備をする前に将司くんはいつの間にか有名人になっていて住む世界が違う遠い人になってしまった。要するに、告白をしようとするタイミングに恵まれていないのだ。神様は私のことが嫌いなんじゃないかと思ってしまうぐらいに。
商店街で買い物をしている最中にばったり鉢合わせたおばさんに将司くんが東京から帰ってきているということ教えてもらってから私の行動はここ数年で一番早かったと思う。上司から頼まれていたお使いをさっさと済ませて残っていた仕事を猛スピードで片付けてすぐに帰宅。急いでご飯を食べてお風呂に入って部屋に飛び込んで気合が入りすぎてるように見えない程度の化粧をする。ああ、会いたい、早く会いたい。最後に見たのは公式LINEで流れてきたライブの写真で、迫力は伝わってくるけど顔はよく見えなかった。CDはしょっちゅう聞いてるけど普通にしゃべってる将司くんは久しく見ていない。というか会うこと自体どれぐらいぶりだろう。鏡に映った浮かれている自分を見たとき、ふと思った。会いたいけど、会いに行く理由は?
会いたかったからでいいんじゃないのぉ?と呆れたように言うお母さんにそれじゃ無理!と叫びながら私は家中の棚の引き出しを開けていく。
「将司くんでしょ?いまさらじゃない」
「だからでしょ!!私いくつだと思ってんの!?」
私はもうただ遊びたいからと簡単に家に行けるような年じゃない。可愛い十代はとっくに過ぎ去って、近くで待ち構えるのは三十という大きな数字だ。だから、理由がないと会いにいけない―――会いに行く勇気がないのだ。
「もうめっちゃこじらせてんのさ!」
大声で言いながら開けた引き出しの中には今年姪っ子たちと遊んだときに残ってしまった封の開けられていない線香花火が入っていた。一瞬将司くんに線香花火をしようと言っている私を想像する。うん、ただのバカだ。でも、バカだけど、もうこれしかない。
「お母さんろうそく持っていくから!あとマッチ!」
「ろうそくあと何本残ってる?」
「知らん!」
手にろうそくとマッチと線香花火を持って私は勝手口にあるスリッポンに足を突っ込んで走って家を出た。外はかなり寒くて、スキニーデニムとTシャツにカーディガンを羽織っただけの私は本当にバカみたいだった。
「こんばんは・・・」
深呼吸をして息を整えてそっと玄関の引き戸を引くとパタパタと奥からおばさんが走ってくるのが見えた。あら!と笑ったおばさんに頭を下げて小さくおじゃましますと呟きながら玄関に入る。突然大きく吹き付けた風に身震いをして慌てて引き戸を閉じると久しぶりに来たにもかかわらずおばさんは昔と同じようにどうぞーと笑いながらまた奥へと戻っていった。
「あ、なまえちゃんきたよ」
ふぅと息をつきながらスリッポンを脱ごうとしていた体が思わず固まる。視線だけギギギとぎこちなく上げるとおばさんは奥に戻ろうとしていた足を止めてわざわざリビングに顔だけ向けてそう呼びかけていた。そして聞こえるのはマジ?という少しハスキーな声。あ、ヤバイ、心臓めっちゃ痛い。
「お茶淹れるねー」
おばさんの声に慌てて返事をしたけどその声もひっくり返ってしまった。ついでに心臓もひっくり返りそうなぐらい暴れていて、この年になって昔よりも気持ちが大きくなっていることに改めて気づかされる。会えない時間が長すぎたからだろうか。そんなラブソングの王道みたいな経験をしているのか、私。一人で勝手に。
「お」
とりあえず落ち着こうと息を吸った瞬間、リビングのドアからひょこっと誰かが顔を出した。その顔を見た瞬間体の中心が熱くなってなぜか涙が出そうになった。
「久しぶりだな」
目じりに皺を寄せて笑う将司くんに私は無言で頷くしかなかった。子供かよ。私いくつだよ。本当に、もう。ダメだ、泣く。
「寒いからこっちくれば?」
「あ、う、ん」
ちょいちょいと手招きをしてリビングに体を戻した将司くんを確認して私は自分の足をそこそこの力で叩いたあとようやく家へと上がった。肺が引きつって息が出来ないような感覚がする。体全部が将司くんを意識して熱くて、そのせいで脳みそが溶けてしまいそうで言葉が見つからない。無意識にカーディガンのポケットに手を突っ込んだそのとき、はっと滑らかななにかを指先で感じた。そうだった、これがあった。このためだった。
「ねえ将司くん」
「ん?」
「線香花火しようよ」
庭に出ると強い風が吹き付けて二人で身を縮こまらせる。季節はずれにもほどがあったなあと少し後悔している私とは逆に将司くんはさみーなと隣で笑っている。
「えっとここら辺立つかな」
「風めっちゃ当たるからこっちがいいんじゃない?」
「・・・火、つく?これ」
風は想像以上に強くなってきて線香花火をする前にろうそくを立てることさえ危うくなっている。でもせっかく将司くんと外に出たんだしやるだけやってみるか、とからから軽い音の鳴るマッチ箱を開けた。ああ、買わなくちゃ、なんて思いながら少ないマッチを一本出して箱の側面に二回こすり付けて火をつける。今にも消えそうな頼りない火を慌ててろうそくの芯へ移して、消えないように手で壁を作りながらコンクリートの床に蝋を垂らす。そんな私を見ながら将司くんは感心したように慣れてんなあと呟いたあと俺らいつもチャッカマンで直につけてたとけらけら笑った。
「危ないですよー」
「栄純やけどしてたな、そういや」
「おいお、い、わ」
少しぐらついたけどどうにか立ったろうそくから離れないようにポケットに入れていた線香花火を取り出してそれをひらひらと将司くんに向けた。ちょこっとだけ見上げると将司くんは指先でそれを受け取って私の隣にしゃがみこむ。久しぶりだななんて言いながら将司くんが袋を開けている最中にも風は吹いてろうそくの火は消えてしまいそうになる。私の手のひらの壁でどうにかしのいでいるようだけど消えるのも時間の問題だ。
「はい」
渡された線香花火を受け取って親指と人差し指の腹で軽く転がす。お前もこんな日に私の下心のために使われるなんて思ってなかっただろうなぁ、ごめんね、なんて一人で心の中で呟いた。
「あ、そうだ」
「ん?」
「対決しよう」
「えぇ?」
「負けたら秘密一個暴露な」
「えぇ!?」
反対!という私の訴えを無視して将司くんは線香花火をろうそくに近づけるように促す。
「別に誰に教えるわけでもないし」
「でも」
「二人遊びだから丁度いいじゃん」
秘密、と、二人、が私の下心に甘く広がって口をつぐんでしまった。それを了解したの合図だと思った将司くんはにやりと笑ってじゃあ、せーの、と線香花火に火をつける。慌てて後を追うようにろうそくの火に線香花火の先をつければ、私の線香花火は小さな玉も作ることなくただゆっくり消えていった。
「え、これナシだよね?」
「うーん」
将司くんはにやにやと笑いながら視線を自分の花火へ落とす。そこには小さな玉が出来ていて、それは徐々に大きくなっていて小さな火花を散らしだす。
「タンマ!」
「あーはいはい」
線香花火を持っている手と反対の手で器用にもう一本私に渡して将司くんはちらりと一瞬意地悪そうにこっちを見た。
「将司くんもやり直していいんだよ?」
「いや、これでいく」
「・・・負けても知らないからね」
「次つかなかったら不戦勝だかんな」
「マジで・・・」
どれだけ自信があるんだろう。っていうか別にたいした秘密をもってないってこと?いや、将司くんがそんなズルするはずない・・・と思いたい。それか私の秘密なんて興味ないってことなんだろうか。
小さな火の玉は大きくはならなかったけど回りに小さな火花を飛ばし始めた。一応不戦勝は免れてほっとしているとふいにろうそくの火が消えてしまった。これでもう一回、はなくなった。私と将司くんの間の会話もなくなってしまって真っ暗な中にひっそり燃えるだけの二つの線香花火だけが息をしているように見えた。
「あ」
あまりにも寿命が長い将司くんの線香花火を眺めながら将司くんに言える秘密を探し始めた頃、突然対決の終わりがやってきた。負けたのは、将司くんだった。
「あー、負けたー」
「え、でも、私二本目だし」
「でも続けるって言ったの俺だし」
さっき私がしたように親指と人差し指の腹で転がしながらなぜか楽しそうに将司くんがそう言った瞬間、大きな風が吹いて私の線香花火もあっという間に消えてしまった。
「・・・終わっちゃったね」
「だな」
「・・・秘密、言わなくてもいいよ?」
静かな終わりで急に将司くんの秘密を知ることが怖くなった私はスリッポンの裏で線香花火を踏みつけてそう言った。だけど将司くんはそれじゃあ面白くねぇじゃんと楽しげに返す。暗闇の中聞こえるその声はいつもなら大好きなのに今だけは少しだけ聞きたくないと思った。
「俺の秘密は」
ビールのにおいがした。真っ暗でも顔が分かるぐらいの距離まで近づいた将司くんは笑う。
「なまえに会いたくて帰ってきたことだな」
どっこいしょ、と私の頭に手をついて立ち上がった将司くんが声を漏らしながら背伸びをしている。私は将司くんの秘密を上手く飲み込めずにしゃがみこんだまま呆然とする。ゆっくり秘密をなぞりながら目を閉じれば線香花火が落ちる瞬間がスローモーションで流れて、一気にカァっとまぶたが熱を持った。それは、深読みをしてしまってもいいんだろうか。将司くんはもしかしてわざと負けたの?
「ほら」
「え?」
私を現実に引き戻したのは将司くんの声で、目を開ければ手が差し出されていた。よく表情が読めない将司くんをじっと見上げたあと、熱いまぶたを冷えた指先で撫でながらそっと将司くんの手に自分の手を乗せた。将司くんの手は少しだけ熱かった。
つまりは、まぁ、そういうことで
title by 依存症
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