自分を振り回す同ヒロイン



 シューズが体育館の床をこする音と飛び交う声援とコーチの怒鳴り声が響く男子バスケの試合を私は体育館の二階から眺めていた。試合をしているのはそこそこ強いうちの高校とバスケの強豪高。さすが全国から推薦で集められたチームは体格差から違う。一際背の高い選手はもはや高校生には見えない。でも現在試合はこちらのチームがやや優勢で進んでいる。キャプテンの先輩が決めたシュートで点差が少し開いたのだ。歓声も声援もどんどん大きくなっていく。その光景はとても熱狂的で、その中心で頑張っている先輩たちが酷く眩しく見えた。



 かみじょう先輩と中村先輩は途中交代でコートの中に立った。最初こそ見たことのない二人の真剣な顔つきに少し怯んでしまったけど試合が再び動き出した今、私の中に怯みなんてものはなくなっていた。代わりに熱い何かが胸の中心にこみ上げてきて心臓がぎゅっと苦しくなった。試合は相手選手の流れへ傾き始めている。ボールはぐるぐるすばやくパスで回されてなかなか取ることが出来ない。もどかしく感じていたそのとき、あの背の高い選手へボールが渡った。冷や汗がどっと吹き出るのが自分でも分かった。そして背の高い選手はフェイントをかけることもなくその場で軽く跳ぶとなんの迷いもなくボールを投げて、そのボールは同じようになんの迷いもなく、ゴールへ吸い込まれるように入っていった。スリーポイントシュートが決まって私の向かい側で弾幕を持っていた応援の生徒たちが飛び跳ねて喜んでいる。せっかく開いていた点差はなくなって、むしろ相手に広げられてしまった。まだまだ!と誰かが叫んでいる。それに選手たちも強く頷いているけど私の中心に集まっていた熱い何かは少しずつ冷めていく。興奮の汗は少し引いて気持ちの悪い冷や汗が背中に残った。

 それから誰もシュートを打つことなく時間だけが刻々と進んでいく。このまま逃げ切られたら、とまだ試合終了までに時間があるのに嫌な考えが頭をちらついて離れない。勝ってほしい、強く願う。大きく息を吸い込んで吐き出したそのとき相手のパスを誰かが遮った。そしてそのまま低い体勢で相手選手の隙間を抜けるとボールが打たれる。ボールはリングのふちをくるりと一回転したあとネットを揺らして下に落ちた。ぽかんとしているとゴールを決めたかみじょう先輩が私のほうを振り返ってにやりと笑ってガッツポーズを見せた。先輩が決めた。ゴール。ぽかんとしたまま先輩に手を振り返してる間に喜びがようやく胸に到達して、かみじょう先輩が他の選手の影に隠れて見えなくなったのとほぼ同時に私は小さくガッツポーズをした。得点ボードを見る。点差は縮まった。まだ大丈夫。どっちが勝つか分からない。

 だけどそこからは一進一退で、もどかしさにイライラした。試合終了の時間はどんどん近づいてきている。向かい側の応援の生徒たちは身を乗り出して叫んでいるし、いつの間にかいた別の高校の生徒は胸の前で手を組んで何かを祈っている。どっちの勝利を祈っているかは分からない。私も真似して手を組んだ。神さまお願いします、うちのチームを勝たせてください!そう願ったのに、願った瞬間からボールは相手チームに渡るんだからもう笑えてくる。隣で祈り続けている生徒の子たちはしかめっ面のまま動かない。



「あっ!止めた!」



 ゴールへ向かっていたボールを思いっきり弾き飛ばした瞬間私の指先には電流が走って目はまるで炊かれたフラッシュを直接見たかのようにちかちかしていた。心臓は低く唸るようにかわいげなく鳴っている。中村先輩はボールを弾き飛ばしたほうの手首を少し振りながらボールを追いかける選手の中へ入っていった。その背中があの日の背中と重なる。私に飛んできたボールを止めてくれたときあんな感じだったのかな。ものすごく痛そうだった。手首振ってたし絶対痛かったよね。心臓が落ち着かない。それは進む試合への緊張と混ざり合って体中に広がってわずかに痛みだす。




 中村先輩が立っていた場所はラインの外だった。相手選手は今日一番シュートを決めていたキャプテンの先輩の周りに集まっていて中村先輩には誰もついていなかった。ボールが飛ぶ。中村先輩のあの大きな手がそれを受け止めて、相手が目の前に立つより少し早くちょっと投げやりなシュートを打った。ガコンッと乱暴な音がした後、ネットが勢いよく揺れる音が続く。私にはそれが全部スローモーションに見えて、中村先輩しか見えなくて、自分が打ったのにシュートが決まったとき驚いた顔した中村先輩が酷くかっこよく見えて、体の中心から震えるような気持ちの渦が巡って、気づいたら泣きそうになっていた。奥歯をかみ締めた瞬間、現実の時間に戻ってきた私は体育館が揺れるほどの歓声に気づいた。チームメイトに背中や肩を叩かれてる中村先輩はどこかきょろきょろしてたけどすぐに試合に戻っていく。私の体の中が揺れている。隣で祈っていた他校の子たちは黄色い声でうちの高校の名前を叫んでいた。



 水滴でビニール袋が張り付いて青いラベルが透けて見える。差し入れというには少し、いやかなりショボいけど、近くのコンビニにはスポーツのあとにふさわしいものがこれぐらいしかなかったのだ。でも、なぁ。

 試合は同点で終了時間がきてしまって延長戦にまでなったけど結局相手チームに二点の差をつけられて負けてしまった。向かい側の生徒たちはそれはもう喜んでいてそれを真正面から見た私はせっかく中村先輩がスリーポイント決めたのに、という悔しさが押し寄せて目の奥が痛いと感じる前に泣いてしまっていた。まさか泣くなんて自分でも思ってなくて慌てて体育館を抜け出した。見られたらいけないと思った。なんでそんな風に思ったのか今になっては思い出せないけど先輩たちに恥をかかせるんじゃないかと本気でそう思っていた。なんでなんだろう、とぼんやり悩む。後ろではにぎやかな人の声が聞こえている。あぁ、かみじょう先輩探さなくちゃ。お疲れ様でしたって言わなくちゃ。緊張の果ての涙は大して動いてもない私の体力を大分削っていた。とてもだるい。五月の生暖かい、春と初夏の間の間ぐらいの熱が余計にやる気を削いでいく。それと、他校の子たちがうちの高校目当てで来ていたということもだるさに拍車をかけた。うちの高校目当てということはもしかしたら誰かしら中村先輩目当てに来た子もいるかもしれないし、そういう子って積極的な場合が多い、というか実際大分皆積極的だったから、私のポカリというショボい差し入れなんかとは比べ物にならないような素敵なものを差し入れしているに違いない。だったら私なんて要らないんじゃないか、と思っていたときだった。



「あ、ほんとにいた」



 思わず飛び上がって振り向くとそこには中村先輩がユニフォーム姿のままタオルを首にかけて私のところへやってきていた。中村先輩の向こうはまだ人ががやがや騒がしい。なんで、と思ったけど私は咄嗟に頭を下げた。



「お疲れさまでした!」



 私の勢いにびっくりしたのか中村先輩は一拍置いて、「ありがとう?」となぜか疑問系で返事をしてくれた。ちょっと戸惑った声にほんの少し笑うと中村先輩の含み笑いが聞こえてゆっくり顔を上げる。中村先輩は落ち込んだ様子もなく私を見てまた笑った。その顔に次は私がびっくりする番だった。



「先輩、あの」

「試合見てたんだろ?どこにいた?」

「あ、二階、で」

「だから見つかんなかったのか」

「え?」

「シュート決まったとき、みょうじ探したんだけどさ」



 流れる血液全部が勢いよく沸騰しだしたかと錯覚するぐらい体中が熱くなった。シュートが決まってなんで私を探してくれたんですか。どういう意味ですか。それ、私、どう受け止めればいいですか。



「見てた?」

「み、てました、ものすごく、かっこよかったです」



 驚いてた顔までしっかり見えました。ずっと見てました。なんて、言っちゃったら、気持ち悪いよなぁ。



「ほんと?かみじょうくんみたいに的確なシュートじゃなかったけど」

「かみじょう先輩もかっこよかったですけど、中村先輩、ものすごくかっこよかったです、ほんとに」



 冗談で言ってるって思われたくなかった。本当にかっこいいって思ったということはしっかり伝えたかった。でも私の声のトーンがいけなかった。もっと明るく言えばよかった。でも今の私はたぶん一ミリも明るくもないし笑えてさえいない。


 それでも中村先輩は嬉しそうに目を細めるんだから私はなぜかものすごく泣きそうになった。



あなたはいつもまばゆくて



title by 変身