そんなに長時間ぐだぐだと飲むつもりもなかったし、飲み会の面子は気の知れた人間ばかりだったからメイクポーチはいらないかな、とリップだけポケットに突っ込んで私はバッグのチャックを閉めた。この間一目ぼれして新しく買ったバッグは和彦から誕生日に貰った財布とハンカチとティッシュ、免許証にガムとカギとスマホを入れて程よく形が整うほどに小ぶりだ。普段は荷物が多くて大きなバッグしか持たないから違和感と不安感がものすごいけど、それよりデザインのかわいさが勝った新品のバッグを持って玄関の姿見で全身をチェックしたあとお気に入りのパンプスに少し浮腫んだ足をねじ込む。軽いドアノブを回して外に出れば車のエンジン音が聞こえた。待ってる。慌てて玄関の鍵を閉めて駐車場まで急いだ。



「誰と飲むの」



 いつもより少し乱暴にアクセルやブレーキを踏みながら不貞腐れ気味の声でそう聞いてきた和彦に私は友達、と答えた。



「何人」

「五人」

「男は」

「二人いるよ。後輩」

「は?」



 信号が赤に変わって和彦は今日一番乱暴にブレーキを踏んだ。危ないでしょ、と言いながら横目で見る和彦は顔こそ無表情を貫いてるけど声には確かに怒りが混ざっている。怒ってる。いつもなら興味なさそうにふぅんと返すだけの和彦が怒ってる!!
 私も和彦も口を開かない車の中は静まり返って苛立ちが充満している。でも私は気にならなかった。むしろ胸がきゅんきゅんしている。にやけそうな顔を抑えるために頬に力を入れ続けないと大変なぐらい、ときめいている。

 ブレーキを踏むのが乱暴ならアクセルを踏むのも乱暴だった。がくんと体が揺れるほど乱暴に車を走らせ出した和彦はやっぱり無言無表情でスピードをぐんぐん上げていく。規定速度を十キロ以上オーバーし始めたときはさすがに注意をしたけど返事は返ってこないままスピードだけゆっくり落ちていった。和彦はもう私と話す気はないらしい。不機嫌だ。ものすごーく、不機嫌だ。



「別に普通の後輩だよ?」



 居酒屋に行くまでの最後の曲がり角でそう言ってみたもののやっぱり返事は返ってこなかった。うーん、ここまで怒ってくるか。なのに送ってくれるんだ。和彦今どんな気持ちなんだろう。

 しばらくまた無言で走っていると待ち合わせの居酒屋が見えてきた。私以外のメンバーはすでにみんな集まっていて入り口の邪魔にならない場所に固まって話している。シートベルトに手をかけて車が止まるより前にありがとね、とお礼を言おうと思ったら居酒屋の少し手前で車が急に止まった。危ない!と叫ぼうとしたけどそれは叶わなかった。頭から引き寄せられて荒っぽいキスをされたから。ここから友達たちまでの距離は短いし、もし車に気づいてこっちを向いたとしたらこの状況は確実に見られているだろう。そう思ったら一気に羞恥が体中に巡って和彦の肩を無理やり押し返した。それでも離れてくれず、最終手段と下唇を少し強めに噛んだら歪めた顔を離していく。和彦の唇に私のリップが移っていて顔が酷く熱くなった。



「迎えに来るから電話しろよ、絶対」

「べ、別に!電車で」

「ぜ、っ、た、い」



 ご丁寧に一文字ずつ区切って怒りを含んだ声でそう言った和彦に反論をしたところで私の意見は通らないと分かっているからはいはい!と乱暴に返してすぐにドアを開けた。逃げるように和彦の顔を見ないまま勢いよくドアを閉める。なにやってんだあいつ!さっきまでは珍しい和彦のやきもちにときめいていたけど今は恥ずかしさしかない。恥ずかしい。和彦って平気でこんなことできる人だったっけ。見られてるかもしれないのに!!

 見られてないことを強く願いながら私は大きく深呼吸をして待ってるみんなの下へ小走りで向かった。お待たせー、と普段通りに言ったつもりだけど女友達三人はにやけていて後輩二人は気まずそうな顔をしていてしっかり見られてたということが分かってめまいがした。顔がさらに熱くなる。この野郎!!振り向けば丁度走り出した和彦の車は私たちを追い抜いてハザードを焚いて行ってしまった。



「ラブラブやん!」

「うっさいし!」



 肩をバシバシ叩きながら大きな声で言う友達をシッシッと犬を払うように追いやって誰にも何も言われないように真っ先に居酒屋の中へ入る。唇がいまさらじんじん熱を持ち出して一瞬見えた意地悪そうな和彦の顔が憎たらしく頭に浮かんで叫びたくなった。



よくもまあ



「先輩の彼氏めっちゃ怖い」



 女々しくカシオレなんか飲みながらそう呟いた一人の後輩にもう一人の後輩が激しく頷く。



「めっちゃ睨まれた!」

「視線で殺されるってマジで思った」



 身震いをする後輩に慌てて謝れば友達の一人が男らしくビールを煽ったあとにやにや笑った。



「愛されてまんなー」

「そうでんなー」

「うらやましいかぎりですワー」

「うっさい!!似非関西弁やめろ!!」



 でも、まあ、羞恥が通り越せば残るのは嫉妬への愛しさだけで、とりあえず帰ったら和彦に恥ずかしくなるぐらい愛の言葉でも囁いてみようかな。



title by 変身