「今年三回目だぁ」



 肌をほんのりピンクに染めてなまえはのんびり吐き出すようにそう言った。俺はワンピースの背中のホックを外してやりながら今朝のなまえを思い出す。嫌そうな顔はしてなかった。絶望的な表情も浮かべていなかった。だからといって楽しそうな顔をしていたわけでもなく、一番しっくりきたのは近所のコンビニに行くときの表情だった。ちょっと行ってくると言ってしまいそうな顔。でも本人はスウェットではなく、もちろんTシャツにジーパンという格好でもなく、ばっちりメイクをしてワンピースドレスに髪はくるくる巻いて低い位置にまとめて、普段つけない華やかなネックレスに揺れるピアスをつけて紫色のパンプスなんてキレイに着飾っていて、表情と服装がちぐはぐのままカギよろしくね、と言ってヒールを鳴らしながら同僚の結婚式へと行った。その後姿は違和感を纏っていて、朝から俺は複雑な気分になった。



「年取ったなぁ」

「まぁなぁ」

「和彦と出会ったとき私まだ十代だったのにね」

「うそつけ」

「いやいや、十代だったって。二十歳の誕生日のとき一緒に飲んだじゃん」



 ファスナーを下ろしてやるとありがとねーとのんきに言いながらリビングを出て行ってしまった。初めて会ったときなまえほんとに十代だったっけ。記憶を遡って思い出そうとするけど出てくるのは今朝の違和感ばかりで全く思い出せない。十代から二十代なんて大きな節目に一緒にいたはずなのに。



「思い出した?」



 ぼんやりしていたら急に声が上から降ってきて、顔を上げると見慣れたスウェット姿のなまえがそこに立っていた。



「全く」

「え、酷くない?」

「なんにも思い出せない」

「えーカズくんひどーい」

「・・・お前の記憶の中のやつ、ほんとに俺?」

「失礼だな!私あんたより記憶力いいからね!」



 俺の隣に座って髪に埋め込まれてるような形になってるピンを一本ずつ抜きながらなまえは「薄情なやつ」とぼそっと呟いた。俺はピンを取るのを手伝いながら「証拠がありませんのでね」と同じようにぼそっと呟くように返す。ゆっくり形が崩れていく髪をほぐしていくとそれが気持ちいいのかなまえは俺の手の中のピンだけを回収して目を細めながら頭をゆだねてきた。普段と変わらないなまえだ。はぁーと嬉しそうに息をついている。

 今朝の複雑な気持ちがゆっくり蘇ってくるような気がした。コンビニに行くような顔で結婚式に行くなまえも、初めて一緒に酒を飲んだときのなまえも、今できることが何も出来なかったときのなまえも、全部知ってるはずなのにどれも知らないような気がする。



「・・・俺、ほんとに思い出せない」

「和彦?」

「全部知ってるけど、俺お前のなにも知らない感じがする」



 髪から手を離すとなまえは不振そうな顔をして体を起こした。そして俺の額を触って続けて自分の額を触ったあと首をかしげる。どうしたの、穏やかな声でそう言いながらなまえの指はゆっくり俺の髪を撫でた。



「なんでそう思ったの?」

「朝」

「朝?」

「違和感がものすごくて」

「違和感?」

「キレイに着飾ってんのに顔はコンビニ行くときみたいな顔してんの」

「なんじゃそりゃ」



 けたけた笑ったなまえが話の続きを促す。なんかカウンセリング受けてるみたいだなんて思いながら俺はゆっくり呼吸をした。少しアルコールのにおいがする。



「なんだこいつ、みたいな」

「人の幸せ見に行く顔じゃねーぞ、的な?」

「それもちょっと思ったけどなんか違う。もっと、焦ったりとか」

「焦る?」

「だってもう今年入って三回結婚式出てんだろ?」

「あーね。でも、別に焦る必要なくない?」



 改めて向き直られてなまえは俺の髪をかきあげた。



「だって私には和彦がいるじゃん」



 ぱちん、と目の前で手を叩かれたような気分だった。



「だから着飾ってても普通にコンビニ行くみたいな顔だったんだろうし」

「あー・・・」

「腑に落ちた?」



 頷けば笑ったなまえの柔らかい唇が額に振ってきた。首を伸ばすと笑って同じように唇が唇に落ちてくる。



「ね?全部知ってるでしょ?」

「・・・うん」

「思い出した?」

「・・・思い出した」

「よかった」

「何にも変わってないんだな、お前」



 次は俺から返すとなまえは頷いて嬉しそうに含み笑いをもらした。



透明に変わる鮮明



title by ライオン