「私も飲みたかった・・・」



 ハンドルキーパーじゃんけんに負けた私は後部席のドアが閉まる音をぼんやり聞きながらぼやいた。助手席に座っている将司さんは、顔をほんのり赤らめて気持ちよさそうに酔っ払っている。妬ましくさえ感じるアルコールのにおいにべぇと舌を突き出せばじゃんけんで負けたお前が悪いとほっぺたを引っ張られた。

 バックホーンのライブあとの打ち上げではいつもハンドルキーパーじゃんけんが行われる。負けた人はもちろん一滴も飲めないわけで、アルコールが飲めない打ち上げは結構辛い。酒癖の悪い人間が多すぎるからだ。あとおっさんが盛り上がり始めたらその中でもダントツで若い私はついていけなくなる。アルコールが入ればまだ一緒に盛り上がれる範囲が広がるけど正直しらふでその光景を見ていても冷めるだけで、なにが楽しいんだと思いながらソフトドリンクを飲むしか出来ない。だからハンドルキーパーにとって唯一の楽しみはご飯の美味しさだけで、それさえも裏切られた日はちょっとした地獄だ。

 そして今回私はハンドルキーパーじゃんけんに負けて、居酒屋のご飯は油っぽくて美味しくなく、二時間程度のちょっとした地獄を味わった。

 バックミラー越しに見えた手を振る栄純さんに返事をするようにハザードを少したいたあと私はちょっと古いマンションの前から国道へ車を発進させた。ハンドルキーパーには車に乗る人間を全員送らないといけないという鬼畜なルールが存在していて、今日はバックホーンメンバー全員とマネージャー、そして音響スタッフのお姉さん二人、と車の定員一杯の人数を送らなければいけなかった。ラッキーなときは一人とか二人なのに酷すぎる。そして七人のうち六人を送り届けた私は地獄の二時間プラス長距離運転ですっかり疲れきっていて、ここから最後の一人になった将司さんを送ることがとてもめんどくさくなっていた。そこらへんのコンビニで下ろしてタクシーで帰ってもらいたい。―――でもハンドルキーパーにはそれが出来ない。なぜかというと打ち上げのご飯代が全額免除されるからである。



「どっか寄るとこありますか?」



 ちらっと隣の将司さんに視線を向けると将司さんはとろんと据わった目できょろきょろ外を見渡したあと、窓の外を指差した。



「あっこ寄ろ」

「どこ」

「ほら、あれ」



 信号に引っかかってゆっくり車を止めながら将司さんが指差すほうへ目を向けてみると心臓が大きく飛び跳ねた。指先から将司さんへ目を戻すと将司さんは据わった目を細めて唇の端を上げる。



「もう犯罪じゃないんだよな」



 運転席の私の耳元に唇を当ててハスキーな声が色っぽく笑う。あまりにも近い声と熱に身震いをしたらかり、とピアスに軽く歯を立てられた。ピアスホールが少しうずく。



「ま、まって、信号変わる」



 慌てて首を振って将司さんの唇を耳元から離した私は荒く動く心臓を少しでも落ち着かせるために深呼吸をしてアクセルを踏む。隣の将司さんは小さくくすくすと笑っている。からかわれているんだ。自分で言うのも癪だけどいじられキャラだし、今日だって光舟さんから散々言われたし、将司さんだって私をからかってるんだ。悪趣味なからかい方だと思いながらも乱れた鼓動はなかなか元に戻らない。もう一度ゆっくり深呼吸をした。だけどすぐそばに残ったままのアルコールのにおいのせいで余計に心臓がどくどくと動いて落ち着く気配がない。手のひらにわずかに汗がにじむのが分かった。



「なまえ」



 返事が出来ないほど背筋がぞわぞわと粟立つ。名前を呼ばれただけなのに私はもうこの人には敵わないと思った。



「・・・タバコが吸いたいです」

「うん」

「・・・・・・ビール買ってください」

「うん」



 どんどん熱くなる私の頬を手の甲で優しく撫でた将司さんは笑って呟いた。



「じゃあ行こっか」



微熱に浮かされた脳が後戻りはできないのだ、とぼんやりと告げていた。



 最初から行く予定だった将司さんの家への道のりの間、一度だけハスキーな声が「まってた」とだけ呟いた。



年の差でこんな感じで書いて〜って頼まれたやつです



title by 星食