「ウーロンハイのお客さまー」
はい、と空のグラスと交換して新しいウーロンハイが入ったグラスを受け取る間にも松田さんはしゃべり続けていて、たぶんこんなの私以外の女じゃ耐えられていないと思う。最初はまともな仕事の話を、それからどんどん話題は変わっていつの間にか宇宙の話、スポーツの話、たまに私に話を振ってくれたかと思えばそこからまた自分の話へ広げる。ある意味天才だと思う。目の前の卵焼きが冷え切っているのにも気づかずにぺらぺらしゃべる松田さんはどことなく話題が尽きなくて話し続ける女友達を思い出させた。おしゃべりな彼女と松田さんの違うところは人の悪口や変な噂話をしないところぐらいだろうか。ウーロンハイを唇につけながら思った。
「そんでさぁ」
「はい」
唇につけたウーロンハイをちびっと飲んでみるとえらく焼酎がきつくて思わず顔をしかめてしまった。そこでようやく松田さんのおしゃべりが止まってなんだか不思議そうな顔で私を見る。
「どしたの」
「いや、焼酎が濃くて・・・」
「あーね、ここちょいちょい変わるんだよな・・・」
そう言って松田さんは割り箸が入っている箱をパカッと開けて中から一膳キレイな割り箸を取ってくれた。私はこっそり自分の箸の裏で混ぜようとしていたのでそんな松田さんの心遣いに少し恥ずかしくなる。そしてそのさりげない優しさが胸をきゅんと締め付ける。当たり前のような顔をしてやってくれるんだから、一応見てるところは見てるんだとか、ギャップを感じてしまう。
「ありがとうございます」
割り箸を受け取ってウーロンハイをかき混ぜ始めるとまた松田さんの話が始まった。今度は自分の学生時代の話らしい。たぶん割り箸を見て思い出したんだろう。男子校でさぁ、と随分前から知っている情報からスタートした話題に私は相槌を打つ。
「なまえちゃんはどうだったんだっけ?共学?」
「あ、はい。共学でした」
「いいなぁ共学。学校にいる異性なんて数学のババァしかいなかったわ」
「逆ハーレムじゃないですか」
「んな誰の得にもなんねぇ逆ハーレムなんかあったとこでって話だから!」
「まあ、そうなんですねぇ」
「つかなまえちゃん学生時代どんな子だったの?」
「えー・・・?」
珍しく私に話題を振ってきた松田さんの顔はこれまた珍しく興味津々で、私はもう霞み始めている学生時代のことを思い出す。共学だったからって特になにか突飛して面白いエピソードが誰にでもあるわけなくて、私はいたって普通の学生だったんだなと痛感した。
「・・・えー・・・?」
「あー、じゃあ彼氏とかは?いたの?」
「彼氏・・・あ、いましたね。一年ぐらい付き合った男の子」
「学生の一年って結構長えじゃん!忘れるとかかわいそうでしょ!」
「・・・そうですかね?」
学生の一年より大人になってからの三年のほうがよっぽど長くて貴重な時間だ。それだけの時間を自分のために割かれてるなんて気づくはずのない松田さんは私の過去の恋愛話を続けろと促してくる。一年付き合った男の子。確かに好きだったはずなのに思い出という思い出が全く頭に浮かばない。ただ思い出すのは数学の時間に真剣にノートを取っている横顔だけだ。
「確か中学三年・・・高一?・・・いや、受験挟んだから・・・」
「受験まで挟んどいてそんなに忘れてんの!?」
「・・・横顔がかっこよかったことだけはしっかり覚えてるんですけどねー」
学生時代の話が進むにつれて水滴で濡れてきたグラスをおしぼりで拭く。
「いやー、かわいそうだわ、それは」
「あれなんですよ、特別何かしたわけじゃないんですよ、たぶん」
「そのたぶんがかわいそうなんだよね!」
「・・・松田さんはどうだったんですか?」
随分昔の女性の話が多いらしいですけど?と付け加えて私は自分の話を無理やり切り上げた。思い出せないもんは思い出せない。たぶんそんなに熱があるような付き合いじゃなかったんだろう。友達の延長線にいたような、そんな感じだったと思う。
「いやー、正直モテたね!」
「へぇ」
「高校のときも何人か付き合ったことあっけど、こっち来てからがすごかった」
「へぇ?」
「なんだろね、訛ってんのかわいいー!とかさ」
ふぅん。心の中で呟く。松田さんは再びスイッチが入ったのかビールを飲み干して追加注文したあとまたぺらぺらとおしゃべりが始まった。今度は過去の女の話。自分から振ったくせに後悔した。
新しくきた松田さんのビールと私のウーロンハイが半分ずつになったころ、私は松田さんの顔じゃなくて松田さんが取ってくれた割り箸を見つめていた。長い時間がたったから濡れていた割り箸も随分乾いている。松田さんは昔の彼女のいいところと嫌だったところをご丁寧に半分ずつわけて話してくれた。唯一の救いはいいところのあとに嫌だったところ、そして別れた原因という順番で話してくれたことだ。これが逆だったら同じ話でも出来る傷の大きさが違う。うん、はい、へぇ、を繰り返しながら尽きない話にため息を飲み込んだ。
「・・・でさぁ」
「はい」
「俺ばっか話してっけどなまえちゃんは正直どうなの、彼氏、さっきの一人だけじゃないでしょ」
「あぁ・・・」
「なんか話したらヤバイ系?」
「いや、そうじゃないんですけど、たぶん松田さんより面白い話出ないと思うから・・・」
「いや、そんなの関係ねえって!」
「・・・そんなに興味あります?」
どんなリアクションを取ってくれるだろうと思って少しテーブルに身を乗り出しながら言ってみると松田さんは迷いなく頷いた。
「だってなまえちゃんぐらい若い子の話ってなかなか聞けないし」
ああ、ですよね。私の、じゃなくて私ぐらいの年の子の恋愛話を聞きたいんですよね。
乗り出した体を元に戻してとりあえず一番最後の彼氏の話をすることにした。それでももう五年も前の話で、五年のうちの三年は松田さんにささげているから特に面白いこともない。
「普通に会社員でした。保険会社の営業」
「へぇ!そういうのってどこで知り合うの?」
「友達つながりです。紹介されて、そっから」
「どんな感じの?」
「・・・口数は多いほうじゃなかったなぁ。でも・・・うん、普通」
「えー!!普通の基準がわかんねぇんだけど!」
「えー・・・真面目で、でも記念日とかは好きで、あー・・・ライブには一緒に行ってもらえなかったですね」
ふと一度だけ交わしたそのときの会話を鮮明に思い出した。おんなじバンドが好きだったから一緒にライブに行こうと思ってチケットを取ったら「ああいうとこ行きたくない」ってはっきり言われたな。それがすごくショックで、私の仕事場でもあるのに、侮辱された気分になったなぁ。今思えば人それぞれだからなんとも思わないけど、その頃はそれが全てで嫌いな人なんか、行きたくない人間なんていないと思っていた。若かったなあ、ちょこっとだけ笑ってウーロンハイを一口飲んだ。
「めっちゃショックだったでしょ」
「え?」
「今めっちゃ寂しそうな顔してるもん」
酷く同情するような話なんかじゃないっていうことを松田さんもしっかり理解してくれているみたいで、笑いながら私の頬に触れた。突然のことにぴりっとそこだけ痛むように熱を持つ。だけど振り払うこともせず、そのまま松田さんが私の頬を撫でることを止めなかった。よしよしと子供をあやすように笑っている松田さんを見ながら、私の三年の重たい気持ちに気づいてくれたらなあ、と笑う。
「でもそれさ、そこにいたわけじゃないからはっきりは言えねぇけど、言い方とかあるよね?」
「・・・私の言い方がおかしかったかな」
「違う違う、男のほう」
「え?」
「寂しそうな顔させるような言い方ってどんだけ酷かったんだって思うわけ」
目を見開くと松田さんは頬を撫でていた手を頭に移してくしゃくしゃと撫でた。
「俺ならそんな顔させない自信あるよ」
残っていたビールを全部飲み干した松田さんはそそくさ立ち上がって上着とバッグと伝票を持つと私に背を向けて靴を履きだしてしまった。ねえ、それって!
明日はきっと優しい世界だ
title by 依存症
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