「なまえさんは俺が送りますよ」



珍しくあまり酔っ払ってない和彦がそう言ってくれたので私はお言葉に甘えて送ってもらうことにした。じゃーねーと解散した午前二時、女一人で変えるには少々不安な時刻である。



「ありがとね」



電車も終わってるし、タクシー高いし、二人とも酒が入ってるから車も運転できないし。だからギリギリ歩いて帰れる距離にある私の家まで私と和彦は二人並んで歩いていた。空を見上げればきらきら星が光っている。満月から少し欠けた月明かりに照らされて歩く二人は終始無言。飲み会ではあれだけ喋ってわめいてしてたのに、不思議なものである。だけど気まずい空気ではない、と私は思う。無言の空間が心地いい人なんて滅多に出会えないから、和彦はいつの間にか私の中で貴重な人物になっているみたいだった。そんな私と和彦はただの先輩後輩、である。



「一応、女の人だし」



しばらくの沈黙のあと和彦はそう言ってくつくつと笑った。一応女の人だしね、とか、和彦は私をなめくさっている。



「一応、ってなに」

「そのまんまの意味です」

「むかつく」



笑いながらそう言った。別に、本当にむかつくわけじゃない。いつもの和彦の憎まれ口が私は好きだ。なんか心を開いてくれてるように感じて、好き。

私の「むかつく」からまた私たちは無言になった。小さな小石を足の裏でこすりながら歩くのは私たちしかいなくて、静かな世界に私と和彦だけがいるような気がした。世界中で私と和彦が二人っきり。考えるとなんだか変な感じがした。嬉しい気持ちと、それを否定する気持ちがお互い押し合って頭の中で揺れている。二人っきり。慣れてるはずなのになあ。

秋の冷たい夜風が気持ちいと感じるほど私の体は歩き続けて火照っていた。じんわり頭皮と額に汗をかいていて風を受けるたびに目を細める。気持ちい。だけど隣を見れば和彦は羽織っていたパーカーのポケットに手をつっこんで少しだけ肩をすくめていた。痩せてるから寒いんだろう。かわいそうに。



「あー見えてきたー」



私が住んでいるマンションが見えてきた。結構歩いたおかげで足は疲れてずるずる引きずるように歩いている。



「遠かったー」

「遠かったねー」



和彦を見上げると丁度和彦もこっちを見ていて、しばらく目を合わせたあと急ぎましょ、とだけ言って私の手首をつかんでマンションに向かってぐんぐん歩き出した。私は疲れた足をもたつかせながらそれについていく。そりゃあこんな時間だもん、和彦も早く帰りたいよね。送ってもらったしタクシー代ぐらい先輩として渡したほうがいいよなあ。

なんて考えてるうちにあっという間に私が住んでるマンションの駐車場までたどり着いた。二人の足音が止まって風の音が通り抜けていく。しんと静まり返ってるこの場所で二人のひそひそ声は思いのほか響いた。



「ごめんね、ありがとう」

「いえいえ」

「あ、送ってくれたし、こっからタクシーで帰るでしょ?タクシー代、」

「いらないっすよ」

「でも」



バッグから財布を取り出した瞬間両手首を和彦に掴まれた。いきなり動きを封じ込まれてびっくりして目を見開いていると和彦がにやりと笑う。



「代わりに、キスしてもいいですか」

「え?」

「ごほうび」



いいよともダメとも答える隙もなく和彦は私の唇に触れて深くキスをしてきた。え、普通こういうのってちゅってやって終わりじゃないの?なんで和彦本格的なの?

そう思っていても意識はとろとろ溶け出して、私は何も考えられなくなる。



「なまえさん、えっろ」



持っていた財布が手から滑り落ちた。それを合図にしたかのようにまた和彦からのキスが降ってきた。



狼男



「部屋、入ってもいい?」



至近距離で目を覗き込まれた私は自分の意思とは裏腹にこくんと一回頷いていた。