高いところが好きなわけじゃない。逃げたかった。その逃げた先が高いところだったってだけ。









 鉄の棒に腰を掛けてどのぐらいの時間が経っているんだろう。お尻が結構痛い。見下ろす砂場は崩れたお城が寂し気に夕日に照らされていて、その横には私の長い影が伸びている。ぷらぷらと足を揺らすと同じように影も揺れる。面白いわけじゃないけどそれを繰り返していたら余計にお尻が痛くなった。
 仕事で大きなミスをやらかした。それこそ上司がいろんな場所へ頭を下げに行かなくちゃいけないレベルのミス。何年勤めてるんだ!!といろんな人に同時に怒鳴られた。100%私が悪い。悪いと分かっているからこそ逃げたくなった。私以外にも悪い原因があるのなら、それに対しての愚痴や、物とかなんとかに八つ当たりして憂さ晴らしをするけどそれも出来ない。私一人だけが悪い。

 涙が出るかなと思ったけど意外と涙腺は強いのか泣きはしなかった。・・・泣けた方がいいのかもしれない。それで発散できたのかもしれない。


 ぼんやり眺める公園はあまりにも静かで、世界は私一人だけになってしまったんじゃないかと思った。



「ここにいた」



 ・・・やっぱり世界は私一人じゃないらしい。夕日に照らされていた砂のお城を飲み込んだ細い影がどんどん大きくなってきて私の隣に並ぶ。斜め下を見下ろすと滝がこっちを見上げていた。見慣れた顔になんだか気が抜ける。



「電話も出ないから探してたんだけど」



 滝はそう言いながらジャングルジムの1段目に足を引っかけた、かと思うとあっという間に私の隣へ上ってきてしまっていた。軽い身のこなしはライブで鍛えられたんだろうか。運動神経がいいという話は聞いたことがないし、いや、その前にこんな年齢になってまでジャングルジムに上ることなんてまずないか。
 ズボンのポケットから出したアイコスにタバコを刺したあと、数秒待って滝は自分の口元に持っていく。わざわざ紙たばこからアイコスに変えるぐらいならタバコ自体をやめればいいものの、喫煙者の気持ちは分からない。



「なんで探してたの?」

「なんでって、泊まりに来るって話してたじゃん」

「・・・あれ、今日何曜日だっけ?」

「土曜日」

「・・・あー、ごめん、そっか、土曜かー」



 仕事のミスのせいでいろんな場所へ謝り倒しに行ったり泊まり込みで修正作業をしたりと忙しかったから曜日の感覚がおかしくなっていた。土曜日、もう1週間が終わるのか。あっという間すぎて、時間が足りない。



「なんかあったの?」

「え?」

「ものすごくやつれてるけど」

「やっぱり顔に出てる?」

「今にも死にたいですって顔してる」



 横目で私を見た滝がアイコスを吸いながらそう言ったからひどく驚いてしまった。片手で自分の体を支えながら空いた片手で自分の顔のいろんなパーツを触る。泣いてはないし、目が腫れてるわけでもない。ちょっと浮腫んでる気はするけどそんなにひどいことになってるとは思えない。



「ジャングルジムの上でよかったよ」

「・・・なんで?」

「これが橋の上とかビルの屋上だったら間違いなく飛び降りてる」

「・・・なんで滝が私の気持ちを断言できるの」

「何年の付き合いだと思ってんの」

「そんなんで私のこと分かってると思うの?」

「思うよ」



 足首を組んでぷらぷらと揺らしながら滝は何事もないようにしゃべる。



「じゃなきゃこんな場所にいるなんて見つけらんないでしょ」



 心臓が痛くなる。滝の横顔を見ていたら本当に死にたくなる。私自身が隠していた、見て見ぬふりをしていた“私”を簡単に暴いて滝は何事もないように隣に座っている。



 そうだよ、死にたくなったよ。



「まあ、まだ生きてた方がいいんじゃないの」



 歯で挟んでタバコを抜いた滝は器用にアイコス本体と携帯灰皿をポケットの中で入れ替える。スライド式の携帯灰皿はもう熱処理で茶色くなったタバコでいっぱいだった。



「晩飯奢るしさ」



 ぽたぽたと濡れる私の手に滝の小指だけが触れる。う、う、とのどに詰まる声が漏れていよいよ私は大声で泣き出した。だけど滝は慰めの言葉をかけるわけでもなく、ただ小指だけで私に触れている。その熱は死にたくて死にたくてたまらない私をじんわりと包む優しさを携えていたのだった。