ジャングルジムに不似合いな体格だと思う。もさもさの髪を風に弄ばれながら遠くを見る卓郎の隣で同じように髪を弄ばれている私が言えることではないけど。
子供のころ、私はジャングルジムが好きだった。何かに上ることが好きで、だけど木だとかテーブルだとかに上れば怒られる。だから上っても怒られないジャングルジムが大好きだった。特に私の周りには高所恐怖症が多かったおかげで私だけの空間にできていたから、そりゃあ離れられない。さすがにある程度の年齢になってからはちびっこに譲るために近寄ることは減ったけど、誰もいない夜の公園に遊びに行ったときは確実に上ってよく笑われていた。だけどもう笑ってくれる人はいない。ここには私と卓郎以外に誰もいない。
二人で電車に飛び乗った。どこに行くかなんて何も決めてない。
「口、まだ痛い?」
遠くを眺めたまま独り言のように卓郎はつぶやく。私は殴られたせいで切れた唇の端を舌で一瞬舐めて痛かったから「痛い」と一言だけ返した。返事は返ってこなかった。
殴られながら頭に浮かんでいたのは何年も前にヒットしたドラマと卓郎の顔だけだった。目の前に彼がいるのに視界が歪んで顔を認識できない。吐血なんて大げさなもの一生経験しないと思ってたのに床には鼻血とは別のよだれが混じったべとべとした血が落ちていた。口の中は顔を何度も殴られたせいで傷だらけで血の味が全然取れない。鼻血も止まっては出て止まっては出てを繰り返しているから鉄の匂いから逃げられない。他の人間に見られてもお構いなしな暴力はもう病気の域だった。これでドラマのイケメンのように殴ったあとに泣いて謝ってくれるのならもしかしたら絆されていたのかもしれないけど、しこたま私を殴ったあと彼は涙どころか謝罪の言葉さえ零さない。全部お前が悪い、お前が悪い、お前が悪い、なんて呪文を唱えて私を洗脳しようとしていたようだけど生憎私の頭はそこまでイかれていない。逃げようと思わないようにと扉から出ようとしたら殴るということも実践していたけど残念ながら事前にその情報を知っていたもんで、いくら殴られても出ていこうとすることはやめなかった。やめなかった結果が、これだ。私は卓郎と一緒にどこに行くか分からない電車に飛び乗るなんてロマンチックな逃避行をぶちかましている。
怒涛のラインと着信のせいで私のスマホの充電はあっという間に切れてしまった。卓郎もスマホの電源を落としているから二人を邪魔するものは何もない。
「私ね」
体がマヒしているのか、痣だらけの腕を見ても痛みを感じない。唇も切れた端が痛いだけで傷だらけの中は痛くない。殴られすぎて神経がおかしくなったのかもしれない。
「好きなんだ」
卓郎は何も言わない。私が何を好きなのか知りたくないのか、もう知っているのか、分からない。
「次はどこに行こうか」
「どこでもいいよ」
「どこでも?」
「死なないならどこでもいい」
私たち、いつから目を合わせてないんだろうね。
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