財布の中に小銭をしまいながら隣でふらふらしている山田さんに目をやる。本日のお酒はとても美味しかったらしく、離れた場所で見ていた私からでも分かるほどの量を飲んでいた。明日は休みだ!という声も聞こえてきていたからそれも拍車をかけていたんだろう。キープしていたらしいお酒のビンは空になったらしい。
一緒に飲んでいた仲間が散り散りになっていく中、帰る方向が同じということで駅まで山田さんを連れて行くことを任された私はバッグに財布を押し込みながらふらふらの山田さんに声をかける。
「じゃあ行きましょうかー」
「ん、んー?」
「んーじゃなくて、帰りますよ」
なぜか昔から私の周りに集まる人間はのんべえが多い。私も飲むほうではあるけど血筋なのかなんなのか泥酔することはほとんどないのでそれをいいことに酔っ払いは大体押し付けられる。最初こそめんどくさくて嫌だったけどもうすっかり慣れてしまって、今じゃ酔っ払いを任せるなら私、とまで言われているらしい。だからたちの悪い酔っ払いが出てくる飲み会に呼ばれることが増えたのかなあ、なんて思いながら山田さんの腕を掴んだ。ものすごく体格のいい人じゃなくてよかったと安心しながらちょっと引っ張ると、おぼつかない足取りでこっちに近づいてきた山田さんが突然私の肩を抱いた。酷く強い力ではなかったもののそれでも突然のことだったし、さらに山田さんは普通の状態じゃないんだから私の体まで大きくふらついて二人で倒れこみそうになった。久しぶりに履いた高いヒールの靴で思いっきり踏ん張って倒れこむことはどうにか阻止できたものの、私のつま先は死にそうになる。今日に限って失敗したな。
「危ないですから、ほら、しゃんとして」
「はいはい」
「分かってないでしょ」
私の肩を抱いたままの山田さんの腰を叩きながら自分の力だけで立つことを促す。いくら山田さんが華奢なほうに入るとしてもヒールを履いた状態で支えて歩くことはきつい。でも無理やり押し返そうとしたらそのままふらふら倒れていきそうで押し返すことも出来ない。あーもう、と言いながら強めに背中を叩いた。でも山田さんはぴくりと動いただけで離れるどころか喉の奥で笑っている。これはしゃんと立つまで待たないといけないな、酔っ払い相手はやっぱり疲れるわ、そう思った。
片手で上着のポケットからスマホを取り出して時間を確認すれば次の電車には到底間に合いそうになかった。できれば終電より前に帰ってほしいところだけどこんな女の肩を抱いて駅のほうへ歩こうともしない山田さんは一人で電車に乗って家に帰れるのだろうか。まあ大の大人だし駅まで送りさえすればあとはどうしようと勝手なんだけど任されたからには無事に家まで帰ってほしい。でももう少し酔いがさめないとたぶん寝過ごしたりして今日のうちに家に帰られなさそうな気がする。
「山田さん水でも飲みます?買ってきますよ」
「へーきへーき」
「それ絶対平気じゃない人が言うやつ」
「へーきだって!」
「・・・じゃあとりあえずそこ座りましょ、つま先痛いから」
腰を引っ張ってどうにか山田さんをしっかり立たせた私はつま先の痛みと戦いながら数メートル先にあるベンチへ歩き出した。しかし立たせたといってもやっぱり足元はおぼつかない山田さんにふらふら足取りを乱されながら歩いたせいで数メートル先のベンチは十メートル以上離れているように感じたし、つま先の痛みも余計に増したように感じた。そしてやっとたどり着いたかと思えば山田さんに引っ張られて倒れこむようにベンチに座る羽目になった。ただひたすら痛いと思ってる私にそんな私に一ミリも気づいていない山田さんの間にはどんどん温度差が生まれる。そしてやっとここ最近で一番たちが悪い酔っ払いから開放された私はきちんとベンチに座りなおして大きく息をついた。ああ、つま先が痛い。
右足の靴を脱いで足をさすっていると隣ではぁ、と楽しげなため息が聞こえた。ええ、ええ、楽しいならなによりです、と嫌味の一つでも言ってやりたかったけどこれ以上山田さんに振り回されるのも嫌だったからただ黙る。
「なあ」
黙っていようと思った矢先に山田さんから声をかけられてしまった。とりあえず顔だけ上げてみると山田さんは私じゃなくて空を眺めていて、釣られて私も空を見上げると大きくて丸い月が小さな星屑が散らばった黒の中にゆったりと浮かんでいた。そういえばこんな風に空を見上げることなんて久しぶりかもなぁ、と少しだけ霞む目を細める。
「月が綺麗ですね」
今日の山田さんはなんでも突然で、思わず空から視線を山田さんに移すと街灯で逆光になった顔が私を見ていた。
「意味知ってる?」
暗い中で分かる穏やかな笑顔に首を横に振る。確かに今日の月はきれいだけどその言葉にそれ以上の何の意味があるというんだろう。もやもやする言い回しに首を傾げていれば山田さんの穏やかだった笑顔はさっきまでの楽しそうな笑顔に戻っていた。
「知らねぇか!」
どうしてか申し訳なるほどの明るい声でそう言った山田さんは自分の髪をくしゃっとかいたあと、膝をついてどっこいしょなんて言いながら立ち上がった。まだふらふらはしているけどさっきに比べればしっかり立っている。そしてこっちに振り返ったあと私の手を取ってさっきの強引さとは比べ物にならない優しい手つきで引っ張った。なんだちゃんと立てるんじゃないですか、と喉元まででかかった言葉がすとんと体の中心に戻っていく。月を背にした山田さんはどことなく恥ずかしそうな、だけど切なそうな、見たことのない顔をしていた。
素直な捻くれ者
月が綺麗ですね、なんだか今の顔の山田さんに言いたくなった。
title by 舌
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