「休みが被るとか久しぶりだよね」
「お互い不定期だからなぁ」
蛇口を止めるとライターが石を擦る音が聞こえてきてすぐに懐かしいタバコのにおいが狭い部屋に漂う。私は濡れた食器を干していた食器拭きで軽く拭いたあと水切りの上に置いた。二人分の食器が並ぶ光景はなんだかくすぐったい。きちんと朝に起きることも、ちゃんとしたお昼を食べることも、光舟のタバコのにおいがするのも、何もかも久しぶりな水曜日。純粋に幸せだと思う。疲れる毎日のご褒美だとも思う。頑張っててよかったなぁ、と小さくため息をつきながらにやついてしまった。
「終わった?」
「終わったー」
湿った手を軽く振りながら光舟がいる場所へ戻ると普段見ない情報番組がテレビから流れていた。明るくなりそうなニュースの一つぐらい流れていないのかな。テーブルの上に置いていたタバコを手に取りながらテーブル越しの光舟の前に座る。ステッカーを貼った灰皿を自分のほうへ引き寄せてタバコ入れに裸で入れていた一本を出してテーブルの上でとんとん叩いてくわえればすっとキレイな手がライターを持って伸びてきた。かち、かち、と何回か石がはじかれて火がタバコの先に立つ。
「・・・どうも」
「いいえ」
平然とした顔で火を差し出すもんだから恥ずかしい!と強く反論もできず、私は素直に火を貰う。自分がいつも無意識に光舟にしていることをいざ返されるとこんなに恥ずかしいものなのか。光舟も恥ずかしかったのかな、と私が火を渡すときの光舟を思い出す。・・・でもさして恥ずかしがってるところは思い出せないし、なんなら記憶の中の光舟は当たり前のような顔をして火を貰っている。これが尽くす側と尽くされる側の違いなのだろうか。
苦い煙を吸いながらテレビを眺めると理解しようと思えない政治のニュースから動物園のニュースに変わった。パンダの映像ばっかりではあるけど政治よりよっぽどいい。それにシャンシャンは普通にかわいい。
「シャンシャン」
「そんな並んでまで見たいんかね」
「まあテレビで見れるもんね」
「もう積極的に動物園行こうっては思わなくなったな」
「私も」
灰皿のふちを叩いて灰を落とす。
「でも水族館には行きたい」
「水族館か」
「うん。くらげ見たい」
「育ててんじゃん」
「もやしでしょ?見る?めっちゃ大きくなったよ」
スウェットのポケットに入れていたスマホを取り出してくらげを育てるアプリを開いて画面を光舟に見せるとおぉと少しびっくりしたように言った。
「めっちゃ愛着わいてくる」
「それ以上でっかくなんの?」
「画面いっぱいまで大きくなる」
「マジ?それ見てみてぇな」
私のスマホの画面を突きながらちょっと面白そうに笑う光舟に、じゃあ大きくなるまでそばにいてね、なんてなかなか女の子らしくてロマンチックな言葉が頭に浮かんで恥ずかしくなった。あまりにもキャラじゃない。これは絶対口に出さないでおこうと心に誓って私は平然とした顔のままタバコを吸い続ける。
「あ、そういや」
「ん?」
フィルターギリギリまで吸ったタバコをもみ消していると突然光舟が立ち上がった。口の中に残っていた煙を吐き出しながら見上げるけど光舟はこっちを見ないままなぜか部屋を出て行く。急になんなんだろう。同じように立ち上がってそのあとを着いていこうとするとそのまま光舟は玄関を開けてベランダに出てしまった。本当になに急に。なにがそういやなの。首をかしげて上半身だけ外に出ている光舟の背中を眺めていたらよいしょ、という声と一緒に何かを持って戻ってきた。
「はい」
「・・・はい?」
後ろ手で玄関を閉めながら差し出されたのは小さな花束だった。花嫁が持ってるブーケのもう少し小ぶりになったようなサイズ。なんで?花束?
「・・・おい」
「はい?」
「おめでとう」
「え?」
「誕生日、おめでとう」
小さな花束を押し付けるように渡してちょっとぶっきらぼうに光舟は言った。誕生日。誕生日。あ、誕生日!!
「誕生日!」
「遅い」
友達とか家族からラインが来たから忘れていたわけじゃない。でも光舟からこんなことされるなんて思ってなかった。ただ休みの日に一緒に居れるだけで幸せだと思っていたから、なにもいらないって思ってた。だから今花束を差し出されている現実が嬉しくて泣きそうになった。
「ありがとう」
「・・・まあ」
「うん?」
「これからもよろしくっつーことで」
私の目を見ないで恥ずかしそうに呟いた光舟が滲んで見える。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「・・・泣く?ここで?」
光舟はへら、っと笑ってキレイな親指で私の涙をぬぐった。
20180411
「次の休みいつ?」
「えー、いつだろ」
「水族館行こうって思ったんだけど」
「・・・明日休みとる」
「ん、分かった」
優しい笑顔がずるい。
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