意外なことに今年の誕生日のお祝い一番乗りは家族でも友達でもなく、先輩の松田さんからだった。十二時ジャスト、そのとき私はスマホで動画を見ていて突然のポップアップ通知に酷く驚いた。さらに続けて松田さんからのラインだということに驚く。そういうことに疎いというか、気にしないというか、そういうイメージしかなかったからだ。なんて返事をしたらいいか分からなくて悩んだ。過去のやり取りを読み返すけどお互い淡々とした会話しかしていない。スタンプも一回だけ送ったきり。絵文字と顔文字も他の友達とラインするときには使わないようなものばかりでよそよそしい。どうしよう、悩んでいたら突然スマホがなった。それはラインではなくて電話の着信音。相手は、松田さんだった。



 ぐにゃぐにゃの山道を車で登っていく。時間は午後十時。私の誕生日があと二時間で終わる。そんな時間に私は松田さんの車の中でぼんやりしている。運転席の松田さんは特に話しかけてくることもなく無言で車を走らせている。その運転の仕方は優しい。

 どこに行くかは知らされてない。ただ電話で言われたのは仕事終わりに迎えに来るからドライブに行こうということだけだった。寂しいかな誕生日に予定が入ってるわけじゃなかった私はその誘いに乗ったわけだけど、本当に乗ってよかったのかなと今になって思う。特別楽しいわけでもない夜のドライブは静かなラジオで空間を満たしている。チラッと見る松田さんの横顔も何を考えてるか分からない。ふぅ、と深呼吸をする。タバコのにおいが微かに残ってるけど車の中は清潔だ。



「・・・窓開けてもいいですか?」

「うん」



 ボタンを押して少しだけ窓を開けると緑のにおいがした。空気は程よく暖かくて、寒い日が続いていたけど着実に春が近づいていることが分かる。まだ虫の鳴き声は聞こえないけどもっと暖かくなれば聞こえてくるようになるんだろう。

 風でなびく自分の髪が邪魔になってきて手首につけていたゴムで一つにまとめる。首元が涼しい。車はどんどん山道を登っていく。どこに連れて行かれるんだろう。別に不安はない。だけどあまりにも松田さんが話さないから気にはなる。いつもはこれでもかってぐらい話すのに。



「もうすぐ着くから」



 ちらりと横目で私を見たあと松田さんはそう言って大きくハンドルを切ってカーブを曲がった。


 車がゆっくり止められたのは広い駐車場だった。エンジンを切って松田さんが車を降りるから私も慌ててそれについていく。助手席のドアを閉めたらすぐにピッと音を立てて鍵が閉まった。ジーパンの腰にぶら下がったカギがちゃらちゃらと鳴る音が懐かしい。松田さんは黙って待ってくれていて急いでその隣に並ぶと私と同じペースでゆっくりと歩き出す。先には少し長い階段があって、どうやらそこを上っていくらしい。歩いていると風が吹いて私と松田さんの前髪を揺らして消えていく。山の上にしては穏やかな風だ。



「この先何があるんですか?」

「上ってからのお楽しみで」

「ふーん・・・?」



 緩やかな階段を徐々に上っていくと景色がどんどん広がっていって、最後の一段を上り終えると思わずため息が漏れた。隣で松田さんがようやく満足そうな笑顔を浮かべている。ゆっくり前に進んでいけば春の風が視界を広げるように前髪をかきあげた。

 目の前に広がるのは宝石箱の中のようにきらきら輝く夜の街だった。



「きれい・・・」

「だべ?」

「近くにこんな場所あったんですね」

「友達に教えてもらった」



 夜景なんてあまりにも久しぶりで思わずまたため息が漏れる。きれい、なんて単純な感想しか出てこない。



「普段この中で生活してるって思ったら不思議な気持ちになんねぇ?」

「確かに」

「きれいだよなぁ」

「うん」



 お腹の辺りぐらいの高さの柵に手をかけて少し身を乗り出して見る。そんな私の隣に立った松田さんは夜景に背中を向けて柵に軽く腰をかけた。



「ほんとはさぁ」



 こっちを見ながら松田さんがのんびり話し出す。



「もっといろんな場所に連れてってあげたかったんだけど、仕事だったから」

「え?」

「去年何もなかったって落ち込んでたの覚えてっからね、俺」

「え」

「・・・何その“意外”って顔」



 むっとした声でそう言って松田さんは続ける。



「誰だって楽しい誕生日にしたいでしょ」

「・・・はい」

「でもケーキとか食べられないって言ってたし」

「はい」

「プレゼントもどうせ遠慮して受け取らねぇべ?」

「うっ」

「全部お見通しだから」



 ふぅ、とため息をついたあと松田さんがふいに優しい顔になる。



「だからちょっとでも思い出になるような日にしたかったわけよ」



 松田さんの表情に、声に、徐々に胸が苦しくなっていく。なんで、と言いかけてやめた。それより先に松田さんが口を開いたからだ。



「だって好きな子のためには頑張りたくなるでしょ、普通」



20180411 m



「・・・さらっとすごいこと言っちゃうんですね」

「・・・だってこんな状況じゃなきゃ言えねぇから・・・」

「・・・もうちょっと夜景見ていきません?」

「・・・別にいいけど、なんで?」

「ちょっと、心臓と頭落ち着かせる時間ください」

「・・・それは、もう、どうぞ」



 熱を持った頬を滑る風が気持ちいい。夜景は最初よりさらに輝いて見えた。