目が覚めたら知らない場所で、見たことのないカーテンの隙間から青空が見えていた。

 ゆっくり起き上がるとぱさりと掛け布団のシーツが直に肌を撫でて落ちていく。おかしいな、季節はもう十一月。いくらバカな私でも半袖で寝るようなことはしないはず。頭をかきながらぱっと下を見るとそこには布が存在しておらず、肌色が一面に広がっている。夏ならまだしも、いや夏でも流石に下着は付ける。感触的にどうやら下も穿いてなさそうだし。

 とりあえず下着を探そうと首を動かしたら私とは別の肌色が見えた。私より少しだけ白い。そして肩幅がある。だけど背中は私が好きな感じじゃない。ちょっと狭いかな。そんなことを考えながら逆に首を回したら床に私の服と下着、そして男物の服と下着が散らばっていた。あー、と心の中で呟いてもう一度頭をかく。そしてゆっくり昨日の記憶の終わりを探しながら冷えた下着へ手を伸ばした。

 昨日は確か仕事が終わったあと先輩に飲みに誘われてそれについていったはずだ。おすすめの居酒屋が満席でしばらくは立ち飲み屋でどこに行くか話し合いながらお酒を飲んでいたはず。そして結局話し合いの末ありきたりなチェーン店の居酒屋へ入ってさらに飲んだ、はず。何を飲んだかは本当に覚えていない。それからなぜか先輩が先に帰って、ああそうだ旦那さんと合流するって話になったから私はそこで別れたんだ。それで、ええと、そうだそうだ、友達がやってるバーに行って、あ。

 冷たいブラのホックがようやく留まったのと同時に昨日の最後の記憶を思い出した。私、排水溝に吐いたんだった。どんだけ飲んだかは覚えてないけど盛大にやってしまったと思う。・・・そんで?

 ちらりと隣を見たけどどう頑張ってもこの男へ記憶が繋がらなかった。私に背中を向けて眠っている男のわずかに見える横顔は穏やかで、目鼻立ちは整っているように見える。でも横顔詐欺の可能性もあるからはっきり断言は出来ない。でもどうせならこんな状態になってしまったんだしイケメンがいい。髪が邪魔で見えないなぁ、そう思いながら私は隣を起こさないようにベッドから出た。つま先にパンツを引っ掛けて拾うという行儀の悪いことをしながら小さくあくびをする。昨日着ていた洋服はしわがよってるしたぶん顔も髪もめちゃくちゃ、こんなの好きな人の前じゃ絶対見せられない。まあ好きな人なんて年単位でいないし私のそばにいるのはおそらくこの知らない男だけだし、関係ないんだけど。そんなことを心の中でぽつぽつ呟きながらなんで私は今こんなに冷静なんだろうと思った。普通こういうのって慌てふためくはずなんじゃないの?自分でも驚くほどなにも湧き上がらない。羞恥も後悔もどこかへ捨てたみたいに全くこみ上げてこなかった。

 完全にベッドから出て改めて冷たい空気に身震いをする。ベッドの中は二人分の体温があったからそんなに寒くなかったんだと感じながら知らない男と知らず知らずのうちに体温を分け合っていたという事実がなんだか面白かった。



「あ」



 腕を通したシャツの冷たさに耐えながらボタンを留めていると後ろからかすれた声がした。それがまあ色っぽくて、ようやく起きて初めてどきっと心臓が鳴るのがわかった。そっと振り向くと隣で寝ていた男が寝返りを打ってこっちを向いていて、ぼんやりした視線でゆっくり私を眺めている。その表情は声と同じぐらい色っぽくて、よくないとは分かっているんだけどラッキー!と思わずにはいられなかった。バカだよなぁ私。

 しばらく無言でお互いじっと見つめあっていると、途端に男の眠そうな目が大きく開いた。かと思えばとつぜん勢いよく起き上がる。そして自分の格好と、ほんの少しだけ私の格好を見て大きくため息と声を漏らして頭を抱えてしまった。口元が何かぶつぶつ動いてるけどなんて言っているかは分からない。そしてそんな男を見て私は多分これが正しいリアクションなんだろうなあ、なんて間抜けなことを思っていた。



 男が起きて何分経っただろう。とりあえず私が昨日の私に戻ってついでに記憶も戻らないかなーなんて思ってる間は一人で頭を抱えている。ちなみにまだ何も身にまとっていない。男の服も下着も私の足元に散らばったままだ。



「・・・あのー」



 耐えかねず口を開けば男はビクッと肩を揺らして慌てて私の方を見た。困ったような、申し訳なさそうな、混乱したような、とにかくいろいろ複雑そうな顔をしている。



「寒くないですか?」



 一瞬なんで知らない男にこんなこと聞いてるんだろうとは思ったけどまあイケメンだしいいか、なんて流しながら自分の足元を指差すと男は慌てて(そしてなぜか謝りながら)床から下着と服を拾い上げた。私はそっと背中を向ける。いくら裸同士で寝ていたといっても全部は見てないんだし、人が着替えてるところを凝視するなんて変態だ。ごそごそと布同士がこすれる音とベルトのバックルが当たる音がどことなく生々しくてちょこっとだけドキドキしていたら「すみません」とすぐに声が聞こえた。振り向くの二回目だ、と思いながらベッドのほうを見ると少し大きめの無地のTシャツに細身のデニムを穿いたイケメンがそこにいた。心臓がドクッドクッと動く。男は髪をかきあげながらベッドの上に正座をして神妙な面持ちで私を見る。



「あの」

「あ、はい」

「ほんと申し訳ないんですけど・・・あの・・・俺、記憶が・・・」



 男は正座した膝に手を置いて口ごもった。



「その、いや、決まったわけじゃ、っていうか、いや、決まってるようなもんなんですけど、その」

「あの」



 あまりにも自分を追い詰めて自分だけの責任のように話を続けようとする男になぜか私までなんとなく申し訳なくなってきて、思わず言葉をさえぎった。男はぱっと口を止めて私を見上げる。寝起きで浮腫んでいるようだけどそれでもやっぱりなかなかいい男だ。



「記憶が無いのは私も同じなので」



 しかし、本当に私は羞恥や後悔や戸惑いやとにかくいろんなものをどこに置いてきてしまったのだろうか。排水溝へ流してしまったのだろうか。少し微笑みながら男にそう言う私はあまりにも落ち着いていて、なんだかこの状況に慣れてしまっているヤバイ女のように思えた。もちろんこんな経験は初めてである。



「え、でもそれじゃすまされないでしょ」



 少し怪訝そうな顔で男が返した。ド正論である。思わず顔が引きつった。



「いや、ね?どっちもどっちなんじゃないかなーっていう意味で、あのー」

「でも、あの、ここ俺んちだし・・・」



 そりゃあそういう顔になってしまうのも当然だと思った。朝起きたときに自分の家に全裸の自分と下着姿の女がいれば自分が悪いと思うだろう。しかも記憶も無いし。だけど記憶が無いのは私も同じだし、どういう経緯であれここに来ているのは自己責任なわけで、男だけを追い詰めるのも違うような気がする。あと単純に今の空気が重くてしんどい。



「でも、ほら!あのー、なにかあったって決まったわけじゃ・・・」



 雑だしかなり無理やりなフォローを入れながら何気なく見てしまったゴミ箱の中身のせいで何も言えなくなった私に、私の視線をたどってゴミ箱の中身を見て青ざめる男。遠くに聞こえる車のエンジンの音さえ聞こえるぐらい静まり返った部屋で私たちはどうすればいいんだろう。



目下いちばんの難題です



title by 星食