蛇口にホースを繋いで太陽に焼けてカラカラに乾ききった地面に水をまく。ついでに並べられた植木とネットに絡みついた朝顔にも水をかければ、太陽の光に照らされてキラキラ輝く雫が細かくはじけて綺麗だった。空は真っ青で雲は真っ白、遠くで聞こえるセミの鳴き声が“夏”に拍車をかける。だけど地獄のように暑いわけではなく、制服を着た少年少女たちが爽やかに夏休みを過ごせそうな一日になりそうな雰囲気だ。

 首にかけたタオルでうなじに滲んだ汗を拭いながら私はホースを繋いでいる蛇口を閉める。どぼどぼと太く流れていた水は徐々に細くなって透けたホースの中で止まって、口を逆さにして持てばビーチサンダルを履いた私の足元に勢いよく水が落ちてびしゃびしゃとつま先を濡らした。夏じゃなかったら最悪だろうけどこんな日だからその冷たさは最高で、年甲斐もなく全力で水遊びしたいなぁと思いながらホースを軽く巻いて蛇口にかける。飲み物でも取ってこようかなぁと背伸びをしていたら軽く二回クラクションが鳴って、勢いよく振り向けば垣根の向こうにわずかに車が見えた。車は門の前を一度通り過ぎたあとバックで庭へと入ってくる。にやにやした顔でそれを眺めていると一発で真っ直ぐ綺麗に止めた車の運転席からTシャツ短パンの和彦が眩しそうな顔をしながら降りてきた。



「いらっしゃい」



 私のおばあちゃんの家は普通車が二台ぐらい余裕で止められる庭が広い大きな一軒家だ。今日は留守番を頼まれていてその広い家で一人過ごす予定だったけど和彦が休みだったのでちゃんとおばあちゃんの許可を得てお招きしたのである。ちなみに和彦はおばあちゃんに会ったこともあるしここに来るのも初めてじゃない。そこそこ長く付き合ってるから一応挨拶済みでおばあちゃんのお気に入りだったりする。



「何してたの?」

「水撒いてた」



 ぴっと軽やかな音を立てて車の鍵を閉める和彦にそう言うと眩しいのか眠いのか目を細めながら庭を見渡してあくびを浮かべる。そして私の足元に視線を送ると濡れてんじゃんと小さく笑った。


 冷凍庫を開ければ中になつかしのチューペットが入っていた。それを二本とって縁側に座る和彦の下へ向かう。



「どっちがいい?」

「青」



 青色のチューペットを渡せば和彦は器用に膝で二つに折るとがじ、と歯を立てた。同じように私も膝で半分に折って口にくわえる。薄い氷が唇に張り付いてじわりと溶ける。容器ごとがじがじ噛んでいると中身がやっと口の中へ入ってきて、安っぽい人工的な味が酷く懐かしく思えた。



「車汚いな」



 あっという間にチューペットの半分を食べてしまった和彦がサンダルをつま先で弄びながら言うから私もよく車を見つめてみると確かに黒の車は白っぽく汚れていた。多分洗車に行く暇がないんだろう。仕事柄定期的に車を動かすことも出来ないからもしかしたら動かしたことさえ久しぶりなのかもしれない。駐車場にいくら屋根があるとはいえ強い雨風から車を完全に守りきることはできない。



「洗う?」

「え?」

「水洗いしかできないけど」



 隣の和彦を見てそう言うと和彦はもうあと少しになったチューペットの容器をずっと噛みながら頷いた。



 貸したタオルを頭にかけた和彦にホースを渡して蛇口を捻れば少しの間のあとゆっくり水が流れ出す。それを確認した和彦はホースの先を強く持って勢いよく車体に水を浴びせた。焼けた車体の上で水がはじけて乾いていたコンクリートが色を変える。シャワーがついてればもっとよかったけどおばあちゃんの家にそんなものは置いてない。でもまあ流せるだけマシかとあと少し残っていたチューペットを飲み干した。
 半袖に短パンにサンダルで頭にタオルを被った和彦は普段見れない姿で、眩しい太陽と真っ青な空によく映えている。洗車する和彦を眺めているとなんだか胸の底がうずうずするような嬉しさに顔のにやけが止まらない。



「なまえー」



 縁側に戻って洗車の光景を眺めていようと蛇口から離れようとしたら突然和彦から名前を呼ばれた。和彦は頭に被っていたタオルを首にかけて手招きをしている。



「なに?」

「ヘアゴム貸して」

「いいよ」



 手首につけていたヘアゴムを渡そうと近づいた瞬間、振り向いた和彦がホースを私に向けた。勢いよく出ていた水が容赦なく私の胸元からお腹にかけてをびしゃびしゃに濡らして思わず悲鳴を上げると和彦はいたずらが成功した子供のように笑う。



「ちょっと!」



 胸元に張り付いたTシャツを引っ張りながらにらみつけたけど全く意味を成さず、和彦はホースを私に向けたまま止めようとしない。逃げても逃げてもホースはこっちに向けられて足元から上へなぞるように水をかけられる。下着までずぶ濡れになった私を見て和彦はどこか満足げな顔をしてまた洗車に戻った。



「いいじゃん、涼しくなって」

「バカ!!」



 びしょびしょのまま和彦が持ってたホースを奪い取って最初に自分がかけられた場所に水先を向けてやり返す。和彦はうわっ!と大きな声を上げて水を手のひらで押し返した。私はその隙間を縫ってむき出しの足と短パンに水をかける。嫌そうな顔で止めろとホースを取り上げられると上を向いたホースのせいでお互い頭から水をかぶってしまった。大量にというわけじゃないけど二人とも顔が濡れている。



「・・・お互い涼しくなったね」



 Tシャツの裾を絞る私をしかめっ面で見下ろした和彦はべっと舌を突き出した。



水に食べられたのが仇になったらしい



 わずかに吹く風が干された二枚のTシャツを揺らす。いつもなら電気の下でしか見れない和彦の不健康そうな背中を太陽の光の下で見るのはとても新鮮でなんだか嬉しかった。



tltie by へそ