「ただい―――」



明かりが漏れるリビングから微かに女の甘い声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だった。背筋がぞくりとした俺は慌てて玄関を見る。視線で探すのは男物の靴だ。だけど見当たらなかった。男物の靴は俺のだけ。・・・そうか隠してんのか。そう思って靴箱を開ける。・・・しかし、靴箱の中ももちろん男物の靴は俺のものしかない。

甘い女の声が少し大きくなる。ああどうしよう。っていうかなんでリビングなんだよ。寝室ならまだしも、なんでよりにもよってリビングなんかで、絶対俺入っていかなくちゃいけねえじゃん。

場所なんてそんなもの本当はどうでもいいのに現実逃避をしたい俺は訳の分からないことを延々考えて明かりと声が漏れるリビングへ入ろうとしなかった。だってもし自分の彼女が別の男とヤってる所を目撃してしまったら、たぶんぶっ倒れると思う。もしくは殴りかかるか。とにかくまともな判断なんてできっこないだろう。下手すれば犯罪者にだってなりかねない。・・・そんなことを思う自分が少し怖かった。

なんやかんや玄関から一歩進んだ廊下で立ち尽くしていると女の声はどんどん加速していく。・・・あーくそ!!!!ふざけんなよ!!!!

意を決してどすどす足音を立ててリビングの扉を開けた。頭の中では某芸能人の見たことない不倫現場と全裸で交わる彼女とこれも見たことない男が浮かんでいた。



「お、」



い!!!と勢いよく続くはずだった声は一瞬で消えていった。明るいリビング、ソファには部屋着でくつろぐなまえの姿があって、テレビには何度か見たDVDの映像が流れていた。



「あ、和彦おかえりー」



ぼとん。音を立ててバッグが落ちた。ついでに俺の体の力も抜けてリビングのドアにがたんと寄りかかる。



「和彦?」



ひざをついて、テレビに向けていた体をくるんと俺の方へ向ける。背もたれの部分に腕を乗せて首をかしげるすっぴんのなまえの顔をきちんと見たら大きなため息が漏れた。呆れたため息じゃなくて、安堵のため息。よかった。とりあえず、よかった。

聞き覚えがあった女の声はAV女優のあえぎ声でなまえのものじゃなかった。普通気付くだろうけど疲れて帰ってきていきなりそんな声が聞こえてきたら真っ先になまえを疑うのは当然だと思った。だって、普通リビングの大きなテレビで彼女がAV見てるなんて思わないだろう。しかも俺が隠してたやつ。

あー・・・と頭を抱えているとなまえはきょとんとした顔のあとなにを思ったのかにやりと笑った。



「あれー、和彦くぅん。なんかえっちなこと考えてたでしょ」

「ばっ!!」



エロいことというか、修羅場を想像してた、とは言えず俺はただバカ!とだけ怒鳴った。



「あ、図星?」

「うるせぇ!っていうかお前なに見てんだよ!バカ!」

「バカバカ言わなくたっていいでしょー?っていうか今時女の子だってAVぐらい見るんだからね」

「こんなとこで見てんじゃねえよ!」

「だってテレビもデッキもここにしかないし」



そう言って俺に背を向けたなまえはソファに座りなおしていまだ流れ続けるDVDを見始める。俺は今すぐそれを停止したくて、大股でリモコンがある場所まで歩いた。しかし、リモコンはなまえがひょいと取り上げる。



「和彦ってノーマルなやつが好きなんだね。変な趣味持ってたらどうしようって思ったよー。あ、でも巨乳すk」

「黙れ!」



なまえが取り上げたリモコンを奪い返してテレビを消す。デッキだけは動いたままウィーンと音を立てていた。あーと残念そうな声を上げたなまえが膨れっ面を見せる。



「こんなにAVに寛容的な彼女なんて珍しいんだからね!?普通みんな怒るんだからね!?」

「だからって探し出してまで見なくてもいいだろ!?」

「探し出したわけじゃないし!新聞読もうとしたらその下に置いてあっただけだし!」

「・・・」

「見られたくないならちゃんと隠してよね!」



正論を言われ何も返せないでいるとなまえはふんと鼻を鳴らしたあとまたにやりと笑う。嫌な予感がした。



「あと私家に別の男連れ込むような女じゃないから、疑ったりしないでね」



勝ち誇ったような顔でそう言ったなまえに俺はう、と呻くことしかできなかった。



今後シリーズ化できたらいいなー(笑)