「愛してる」



 テレビ画面の中で切なそうに顔を崩してそう言う若手俳優はそのたくましい腕で彼女を捕まえるともう一度「愛してる」と言った。私はそれをアイスを食べながら眺めていて、愛してるなんてしばらく言われてないなぁ、なんて、のんきに考えていた。隣に座って眠たそう、というよりはつまらなさそうにあくびをする和彦からそんな言葉をいつ聞いたか記憶を探ろうとするけど、まあ、当たり前のように見つからない。大体がこういうことに興味がない男だから仕方ないけど少し寂しい感じもする。

 所謂恋人という関係になったきっかけはもう思い出せない。そのぐらい私たちの付き合いは長くて、お互い20代になりたてのころから知っている。そんな二人ももう30代。正直女としての人生の岐路には立っているなとは思っているものの、なんだかこの関係から抜け出せないでいる。始まりを思い出せなければ終わりも見えない。こんな関係、どうしたらいいんだろうか。

 切なそうに「愛してる」と言った俳優に抱きしめられた女優は泣きながら抱きしめ返して「私も」と返す。ロマンチックな音楽と素朴な公園という恋愛ドラマの王道をひた走る二人が少しだけ眩しく見えた。私ならこの俳優に同じことをされてこの女優のようにかわいげのある返事ができるだろうか。答えはきっと、できない。そんなことが出来ていたのはおそらく高校生ぐらいまでだったと思う。まだ恋愛がキラキラして見えていた幼い私だったら、隣にいる和彦に「愛してるって言って」とせがむことが出来ただろうか。出来たとして、和彦は言ってくれるんだろうか。
 ・・・なんて延々考えても答えなんか出ないことを嫌でも考えてしまう自分に呆れながらごみ箱にアイスのごみを投げ入れた。見事ふちに当たってぽすんとごみ箱の中に落ちる。いつもなら外すのに、ラッキー、なんてひっそり喜んでいたらふいに流れていた音楽が途切れた。テレビの方に視線を戻すとドラマからチャンネルが変わっていて、よく知らない芸人が大量に並んでいる番組に変わっている。どうやら和彦が飽きてチャンネルを変えたらしい。こういうの、喧嘩の原因になるって聞いたことあるけど、なんでこんなくだらないことで喧嘩出来るんだろう。世の中の恋人とは不思議なものだ。

 アイスを食べたらのどが渇いた。水でも飲もうと立ち上がるついでに和彦にビールでも持ってこようかと聞こうとした瞬間、Tシャツの裾を引っ張られて立ち上がるのを阻止される。



「な、」

「愛してる」



 時が止まるとか息が止まるとか、小説だとかマンガだとかで見たことがある。きっとこういうことをいうんだろうな。声が出ない私は和彦の横顔を凝視してしまった。だけど和彦はこっちを見るわけでもなく、テレビの方に顔を完全に固定している。・・・だけどあまりにも私が何も言わないからしびれを切らしたのか、Tシャツの裾を握っていた手で思いっきり肩を叩いてきた。



「痛っ!!」



 結構な力でひっぱたかれた私が肩をさすっているとようやく和彦がこっちを向いた。その顔は、胸の奥がきゅんとときめくほど真っ赤だった。



「かわいげねー女!」



ロマンスの暴君



「・・・ねえ、なんて返せばよかった?」



 にやにやする口元を手で隠していると思いっきり頭を小突かれた。和彦は「分かってるくせに」と言いたげな目で私をじとーっと睨んでいる。だけど残念、私はかわいげねー女なのだ。だからこんなことを言っちゃうのだ。



「私も和彦のこと一番愛してるよ」



title by さよならの惑星