ラインって便利だなと思う。ぽんぽんメッセージが送れるから。でもずるいとも思う。こうやって泣いているのを確かめられない。


 玄関を開けた彼女は目を真っ赤に腫らしていた。透明な雫が顎から伝ってお気に入りだと笑っていたグレーのTシャツにたくさんシミを作っている。そんな彼女はとりあえず玄関に入ろうとする俺を何も言わないで眺めていた。



 まだ俺がギターを触っているときに出会ったなまえは“口から先に生まれた”をそのまま具現化したような女の子だった。いつでもおしゃべりで、たまに同じ内容を違うテンションで話しているときもあるけど基本的には様々な話題の引き出しを持っていた。楽しい時もつらい時も悲しい時も、なまえはよくしゃべった。それが心地いい時もあればうっとうしかったときもある。もちろん、救われたことだってある。絶望の淵にいた俺を引っ張り上げてくれたのもおしゃべりななまえだった。

 なまえはメールより電話が好きだった。スマホが主流になって連絡手段のメインがラインになってからも大体使うのは電話で、なまえとのトーク履歴はスタンプか通話時間で埋め尽くされている。たまにくるメッセージは一般的に電話が迷惑だと言われる夜中で、とても短い。自分の口から出る言葉の数がフリック入力でメッセージを作る過程がめんどくさくなるぐらい多いから極端に短くなる。


 「会いたい」だって、なまえの口から出てくるときはいろんな言葉に彩られて伝わってくるのに、ラインじゃたった一言に収まってしまうのだ。


 なまえの家なのにまるで自分の家のように細い手首を引っ張ってリビングに連れていく。シックな色でまとめられたリビングは暗く、勝手を知ってる俺は柱につけられたリモコンのボタンを押して電気をつけた。



「リンゴジュース買ってきたから」



 ここに来る途中に自販機で買ったジュースの缶をバッグから出そうとする手が止まる。背中に頭をぶつけたなまえがそのまま抱きついてきたから。俺は知っている。友達同士のハグでさえ躊躇うほどになまえは他人とのスキンシップが苦手だということを。
 俺に抱きついて声を押し殺しながら泣き続けるなまえにかける言葉が見つからない。こういうとき、俺がなまえみたいに口から先に生まれてきたやつだって言われるぐらいおしゃべりなら、昔俺を引っ張り上げてくれたなまえみたいに言葉をかけられるほど頭が働けば、この状況をこんな風に乗り切ろうとしないだろうに。

 背中に抱きついたなまえをはがして振り返った俺はそのまま思いっきり抱きしめた。女に触ったことなんて何度だってあるけど、今にも壊れそうなほど儚い線のなまえに触れたことは初めてだった。こんなに細かったのか。こんなに柔らかかったのか。今腕を離したら消えてしまいそうで、小さな恐怖が胸をひっかいた。

 しがみついて泣くなまえはしゃべらない。言葉を仕舞っている引き出しが固く閉ざされてしまった俺も、何もしゃべれない。



口から先に生まれてきたあんたがなんにも言わないでぎゅうってしてくるからさあ、ああもうだめだって思ったんだよ



 足の甲に涙が落ちた。それはひどく冷たかった。



ずっとおしゃべりな女の子のことが好きだったちーちゃんが突然の涙にめちゃくちゃ戸惑う話が書きたかったんです。



title by さよならの惑星