現在、気分は最低だ。ただでさえ無理やり連れてこられた合コンというだけで気分は良くないのに、さらにたいしてイケメンでもない、なのになぜか勘違いしている男にしつこく絡まれているからだ。これがイケメンならまだいい。竹内涼真くんだったらいい。でもお前はどう頑張ってもいけるラインはドラえもんに出てくるスネ夫だ。もう三次元の男のラインにさえ立ててないんだ。なのに何を勘違いしてるんだ。面白くもない話を繰り返して。私はあからさまに態度に出してるつもりなんだけど、お前はとんでもなく鈍いのか。それとも気づいていてなお“ワンチャンいける!”とでも思っているのだろうか。



「―――で、俺、今月の売り上げトップになってさぁ」



 たぶん今まで生きてきた中で一番どうでもいい情報だ。好きじゃない虫の生態を調べたほうがましだと思うぐらいどうでもいい。返事もせずにぐびっとビールを飲むとその男が一瞬表情を消したのが分かった。ようやく私が興味がないことに気づいたのか、よかった、と思ったのもつかの間、男はなぜか立ち上がって私の隣へと腰を下ろしたではないか。思わず顔を見るとにやにや笑っている。やっぱりこいつ、ワンチャンあるって思ってる。はぁー、私もなめられたもんだ。



「俺ばっかり話してるから、なまえちゃんの話も聞かせてよ」



 そんなことを言いながら男がいきなり私の足を触ってきた。あまりにも豪快すぎて声を上げることもできず、呆然と男の顔を見る。そんな私を見つめ返して何を思ったのかその男はするすると私の足の内側に手を滑らせ始めたじゃないか。いい加減ぶん殴ろうかとこぶしを作った瞬間、とんとんと肩を軽く叩かれた。なんだよ、こっちはこいつをぶん殴るので―――というところで思考が止まる。なぜかって、理由は



「なにしてんの」



 少し険しそうな顔をした山田さんがそこに立っていたからだ。


 いきなり登場して私をあの男から助けてくれた山田さんは、話を聞けば私たちから少し離れた場所で飲んでいたそうで、トイレから戻ってきたときに偶然男が私の足を触っているのが見えたから思わず声をかけてしまったらしい。ちなみに男はいきなりのイケメンの登場にひるんだのかそそくさと私の隣を離れていった。
 そして偶然は重なるもので、なんと今回の合コンの幹事と山田さんは先輩後輩の関係らしく、無理やり連れてこられてきたことと男からセクハラを受けていたことを幹事にこっそり伝えてくれた。すると幹事はすごい勢いで私の方へやってきて、さらに勢いよく謝って「帰っても大丈夫だから!」と顔を引きつらせて言った。少し離れた場所に移動していた山田さんにちらりと視線をよこすけど山田さんは肩をすくめるだけで、私はしばらく考えたあとバッグから財布を取り出して「参加費は?」という言葉に全てを託した。

 払わなくてもいいという言葉を振り切って無理やり参加費を払った私は山田さんたちが飲んでいたテーブルへと招かれた。そこにいたのはバックホーンのメンバーだけで、四人での飲み会なんて珍しいなと思っていると何を察したのか岡峰さんが「送ってってやれば?」と一言呟いた。・・・どうやら私たちの騒ぎはこのテーブルにまで届いていたようだ。そりゃああれだけでかい声で謝られたら見るよね。しかも距離的にそこまで離れてないから、注意して聞いてれば騒動の内容だって聞こえるわ。ただ伝わってないのは私があの男のセクハラに怖がったわけでもなく、むしろぶん殴ろうとしていたということだけだった。バックホーンの皆さんは優しいから私をか弱い女の子扱いをしてくれる。だけどせっかく四人で飲んでいたんだから私一人のせいで飲み会を終わらせるのも申し訳なくて、冗談めかして「一人で帰れますよー!」と言うと山田さんが真剣な目でこっちを見た。



「俺が嫌」



 ・・・というわけで、私は山田さんと一緒にマンションまでの帰路を歩いている。



「せっかく皆さんで飲んでらっしゃったのに、申し訳ないです・・・」

「まあ、俺も夜風に当たりたかったから」



 ふわりと吹く風が山田さんの髪を優しく揺らす。街灯で照らされた横顔は少し酔っぱらっているけど、柔らかく砕けている。きっと山田さんの優しいウソなんだろう。これを否定するほど私は空気の読めない女じゃない。だけど上手い返事も浮かばないからただ黙ってしまう。そんな間抜けな私に気づいた山田さんは揺れた髪を耳にかけると小さく笑った。



「そんな気にしなくていいって」

「・・・はい」



 優しいなあ、山田さんは。

 歩くペースを合わせてくれているから私は終始山田さんの横顔を見ることが出来た。笑う時に絶対視線が下に向くところ、ふと真面目な表情になるところ、普段なら見られないいろんな横顔が見れてそれだけで幸せに浸れる。心がふわふわ浮いているような気分で歩く今、話題は私の近況報告になっていた。なるべく愚痴っぽくならないようにやりがいを感じながら仕事をしていることをアピールしているとちらりと山田さんが横目で私を見る。



「・・・無理したらダメだかんね」

「えー、ちょっとは無理しますよぉ」

「なまえちゃんは無理の範疇ちょいちょい超えてんだよ」

「・・・まあ、否定は、できないですけど・・・」

「心配になる」



 立ち止まって私の顔を覗き込んだ山田さんに思わず心臓が高鳴る。絡み合った視線にどぎまぎしながら、でもそれに感づかれないようにわざとらしく笑ってみる。



「山田さん、本当に優しいですね!ありがとうございます」



 ・・・あれ?

 山田さんから返事が返ってこない。その代わり、まっすぐな視線が私をとらえて離さない。あれ、こんな顔、見たことない、な。耐え切れず視線をそらそうとしたらいきなり手首を握られた。山田さんの手はとても熱かった。



「なまえちゃん」



 ハスキーな声が名前を呼ぶ。それだけなのに私はかぁっと耳に熱を持つ。



「今、優しいって言ってくれたけどさ」



 軽い力で引っ張られて山田さんとの顔の距離が一気に詰まった。私とは別の、ほんの少しのアルコールとタバコの匂い。



「そんなの、下心があっからに決まってんじゃん」



 あ、と思ったときにはもう遅かった。山田さんの唇は私に触れていて、私はどうしようもなく立ち尽くしたまま。手首を握っていた手はいつの間にかするすると私の手に伸びて指を絡められる。街灯の下の山田さんは、見たことのない熱をはらんだ視線を存分に私に向けている。心臓がバクンバクンと今にも壊れそうなほど暴れている。



「俺、なまえちゃんが思ってるほど、優しくねぇよ」



 私が思っているよりきっとずっと山田さんは優しくないのかもしれない。



下心だってぜんぶほしいよ



「・・・嫌いになった?」



 不安げな声に私は小さく首を横に振る。山田さんは安心したように笑ってもう一度唇を寄せた。それは優しい優しいキスだった。



title by 星食