買い物に行かなくちゃいけない。冷蔵庫を開けたときに私は強く思った。だって中身はほとんど空、転がっているのは缶ビール。最近外でご飯を食べることが多かったからまさかこんなにすっからかんになってるなんて気づかなかったのだ。普通は気づくもんだろ、私も思う。だけど実際家にいる時間が短いと自炊もしないし気づかないもんだった。これはこれは、女として、というよりもはや人間としてどうか。
何を買おうか考えながらとりあえず缶ビールに手を伸ばすとスマホが鳴った。何も考えず電話に出ると鼻づまりの声がのんきにもしもーしと挨拶をする。
「こんばんはー。どうしました?」
「いやー、明日急に暇んなったんだよね。だから買い物付き合ってくんねぇかなあ、と」
「・・・松田さん女々しいね」
片手でプルタブを引っかけて缶を開けるとけらけら笑い声が返ってきた。どうやら気持ちよく酔っ払っているようだ。ちょっとだけ羨ましいと缶ビールを煽る。冷たい缶ビールは最近生を飲みつけてる私にはちょっぴり不味かった。
「いいですよ。ちょうど私も買い物行く予定でしたし」
「洋服とか?」
「いや、冷蔵庫の中身」
「中身」
「すっからかんなんですよ。写真でも送りましょうか?」
「・・・それ、女としてどうなの?」
さっきまでけらけら笑ってたくせに、急に冷めた口調で言ってくるもんだから「忙しかったんですー!!!」と大きな声で反論した。その忙しさの中に松田さんの存在もしっかりあるんだから、「女としてどうなの?」なんて言われたらちょっぴりムカつく。松田さんが飲みに誘ったり飲みに誘ったり飲みに誘ったりしなければ、私だってちゃんと自炊して冷蔵庫の中身の把握ぐらい・・・
「めっちゃ怒るね」
「怒りますよ、そりゃ。女の部分を否定されれば、ねえ!!」
まあ自分でもそう思いましたけどねえ!!
「でも、そっちも女々しいって言ったべ?」
「・・・」
数分前の私、いらないことを言ったな。
「・・・ところで松田さんの買い物ってなんなんですかぁ?」
わざとらしくぶりっ子な声で話の内容を変えれば、松田さんはげらげら笑うのだった。
「なあんだ。松田さんも日用品の買い物ですか」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないですね」
お昼近くに私の家に迎えに来てくれた松田さんと一緒に大型スーパーの中を巡る。カートの上に私のかご、下に松田さんのかごを置いて二人で一緒に買い物をしている様は、どんな風に見えてるんだろうかと少しだけ気になっちゃったりして。
野菜コーナーを素通りしようとする松田さんを引っ張って自分と松田さんのかごの中に玉ねぎや人参など絶対に必要な野菜を入れていく。ピーマンを手に取った時は本当にあからさまに嫌そうな顔をしたけど、「わがまま言わないの、おじさん」とぴしゃりと言ってやった。すぐさま反論が飛んでくるだろうと思って松田さんの方を向いたけど、松田さんは嫌そうにも見えてしょんぼりしてるようにも見える複雑な表情をしていた。そういえばおじさんの心は傷つきやすいって誰かが言ってたな。さすがに15才も年が離れている女に言われたら傷つくか。
「・・・アラサー」
「うっ!?」
優しく謝ろうと思ったのもつかの間、言葉の刃は言葉で返すってか。たまらず両手で胸を押さえると松田さんは私からカートを奪ってそれはそれはとても満足そうに笑った。その勝ち誇った顔が、それはそれは腹立たしい。片手にこぶしを作ったけど叩くのはやめて、とりあえず肩をぶつけておいた。
二人で焼き魚のめんどくささを語りながら洗剤や柔軟剤があるコーナーへ入る。薄くいろんな香りが混ざった空気を吸い込み、私たちは自分たちの家の洗剤と柔軟剤を探す。詰め替えが見つからないなあ。新しいボトルを買うか。でもなんだかもったいないと感じるのは私が少しケチだからなのだろうか。っていうか私ってケチなのか?そんなことを考えながらきょろきょろしていると「あ」と間の抜けた声が聞こえて、背中から松田さんの腕が伸びてきた。伸びた腕は私の頭の上の棚に軽々と届いて、ゆっくり降りてきたその手には我が家の柔軟剤の詰め替えが握られていた。
「あー!」
「そりゃあ見つかんねぇよなあ」
私のかごにそのまま入れて松田さんが笑ってそう言った。なんか、これって
「同棲してるカップルみたい」
「・・・へ?」
「日用品の買い出しデートみたいだと思いません?」
顔を上にあげて松田さんを見て思わず喉が詰まった。だって松田さん、ちょっとそわそわしてるんだもん。全然目が合わないんだもん。
「そういえば家も洗剤きれそうだったんだよ」
無理やりそっぽを向いてわざとらしく棚を眺める松田さんがとても、とてもかわいくて胸がぎゅーっとなる。
結局レジを済ませるまで松田さんは私のことをしっかり見ようとしなかったし、歩くときも少し距離をとって歩いていた。だけど重たい荷物は持ってくれるんだから本当にかわいいったらありゃしない。
「意識しちゃいました?」
助手席に乗ってシートベルトをつけながらにやける顔を隠しもしない私に、ついに松田さんが口を開いた。相変わらず目は合ってない。
「・・・した」
「なんで?」
「・・・好きでもねえ女、普通飲みにも誘わねえし、買い物なんてもっと誘わねえから」
もう勘弁して、と赤い耳を軽く引っ張りながらぼそぼそ呟く松田さんの熱が移ったみたいに私は首から顔まで一気に熱くなった。
まあそんなわけで今後ともどうぞ末永くよろしく
title by さよならの惑星
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