「いくつまで誕生日って嬉しかったぁ?」
ピアスを付けながら隣の部屋にいる光舟にそう投げかけるけど返事はない。聞こえなかったのか、それともわざとか、知る術はなく、鏡に映る自分はべーっと舌を突き出した。
今日は私の誕生日だ。時の理に倣ってひとつ年を取ったわけだけど嫌な気分ではない。同年代の友達からはいつも「嘘でしょ」と言われるけど私は“私が主役”になれる誕生日が好きなのだ。特に今年は嬉しい。だって今日中に光舟が家に帰ってきたから。もう何年も“私の日”を一緒に過ごせなかったからその喜びもひとしお───のはずだったけど、光舟は日常と特に変わらず、唯一違ったことは「ああ、おめでとう」と言ってくれたことぐらいだった。え?それだけ?が本音だ。いや、至極真っ当な気持ちだと思う。
まあ、簡単に言えば腹いせだ。友達に誘われた誕生日パーティーに行くことにした。慌てふためくがいい。なんなら機嫌が悪くなっても構わない。なんて考えていたけど光舟はどっしりソファに座ってテレビから目を離さないときた。
なんだよぅ、私の誕生日なんてどうでもいいのかよぅ。そりゃあいつも別の日にお祝いしてくれるけど、当日は久しぶりじゃん。
子供のように不機嫌なしかめっ面になった私は自身を飾りつけしていく。普段はポーチに眠っているアイライナーやマスカラを引っ張り出して、ラメで目元をきらきらにしてやった。こうなりゃ光舟が嘆くほどかわいくなってやる。ええい、リップだって姉ちゃんに貰った新品開けてやる!!
「ねえ」
完全に自分を飾って少し満足した私は洗面所からリビングに戻る。ソファの後ろから声をかければ振り向いた光舟が目を細めて少し険しい顔をした。お?なにそれ、いいリアクションじゃん。そう思ったのもつかの間、手招きをされて近づくとぶに、とほっぺをつままれた。
「化粧しろよ」
「はあ!?しとるわ!!!」
確かにアイラインは目元がきつくなりすぎるからやめたけど、きらきらのアイシャドウも使ったし、マスカラだって塗った。チークだって塗ったしリップも新品開けたのに!?
ぐるる、と威嚇する犬のように睨みつけるけど光舟自体には微塵も効果はなく、逆にほんとか?と言いたげに首を傾げられた。
飾った自分を褒めてもらえないと全てに萎えるもので、私は大きくため息をつきながらソファに乱暴に座った。足を組めばスカートが乱れたけどどうでもいい。もうピアスも邪魔だし髪も邪魔だ。背もたれに全体重をかけて喉で大きめに唸りながら横目で思いっきり光舟を睨みつける。
「最低」
「技術問題じゃねえの」
「年相応の技術はもってますけど〜!?」
「もっとこう、目がくりってなるみたいな、ピンクのなんかとか」
「光舟は私がそういうの持ってると思ってるの?」
「いや、思ってはないけど」
掛け時計が友達との待ち時間が迫っていることを伝えてくる。彼氏にさえ褒められなかったこんな格好で行っていいのか。いや、彼女なら褒めてくれると思うけど。
光舟を誘うことはやめて私は一人で家を出ることにした。もう知らん。ばーかばーか。
「もういい、行ってくる」
「送ろうか?」
「結構!!!」
床に置いていたバッグをひっつかもうとかがんだ瞬間、ふいに肩を掴まれて動けなくなった。何が起こったのか理解するのに一瞬だけ時間が必要で、光舟に肩を掴んで押さえられていることに気づいたときには鎖骨に何かが触れていた。くすぐったいそれを振り払いそうになって手が止まる。ほんのり冷たい何かを指先で撫でて小さく下を向けば私のアイシャドウの百万倍きらきらしたネックレスが控えめに首元で光っていた。
勢いよく振り向いたときには光舟はすでにまたソファの上で、ちらりと横目で私を捕らえたあとちょっとだけ咳払いをして視線をテレビに戻した。こめかみ辺りをぽりぽり掻く仕草は照れた時に出るものだと私は知っている。
「友達に自慢してくれば?」
「・・・うん」
「どうした?」
「・・・行きたくなくなった」
腹いせに行くつもりだったパーティーが一気に色あせる。いつもの私に戻って光舟の隣にいたいと思ってしまって大変だ。褒められなかったこともどうでもよくなっている自分にさえ気づかないほど、思いが全て光舟に向いてしまった。
「なんだそれ」
呆れたような口ぶりなのに笑ってる光舟をじっと見つめれば、少し考える仕草をして身を乗り出す。
「じゃあ勝手に迎えに来るから行ってこい」
よっこいしょとおっさんくさく呟きながら立ち上がる光舟の背中を追いかける。
「・・・なるはやでよろしく」
靴を履いて手の中で車のカギをチャリチャリ鳴らす光舟に少しのわがままを言えば、「はいはい」と優しく笑ってほっぺたをつぶされた。ああ、もう帰りたい!!
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