スマホの角が欠けた。スマホケースをちょうど買い替えようとしていたから裸で持っていたら駅で落としてしまった。引き戸を開けようとしたら爪が引っかかって二枚爪になって、ストッキングは伝線した。大嫌いな人間とコンビニで遭遇しただけでダメージが大きいのにいつも飲んでいるコーヒーだけが売り切れていた。



「厄日だな」



 私の隣で半笑いのかみじょうさんがそう言った。



「画面割れてないだけマシです」



 コンビニの袋から取り出す“伝線し辛い!”なんて大袈裟なことを謳っているストッキングのテープをびりびり剥がす。だけどそれも中途半端に破れてきれいにはがれなかった。それを見ていたかみじょうさんは半笑いから声をあげて笑う。人の不幸で笑うなんていい性格してるなと改めて思った。



「本当に厄日だな」

「・・・うん、そうかもです」



 ストッキングの中の白い厚紙を折り曲げる。

 なんで私が「本当に今日は厄日!」と大声で言えないかというと、今かみじょうさんの家にいるからだ。二枚爪になった爪をわざわざ切ってくれたり、パンツスーツだから誤魔化せると言ったのにストッキングを買ってくれたこととか、嫌いな人間と偶然顔を合わせたあとすぐにかみじょうさんに会えたりとか、コーヒーが売り切れてたと呟けばスタバによってくれたりとか、とにかく厄日というには少々幸福が重なりすぎている。だから本当にうわぁ・・・と落ち込んだのはスマホの角が欠けたことぐらいで、厄日だと嘆くには少し厄が少ないのだ。

 指輪のダイヤを内側に回してストッキングを隅々まで確認する。さすがに破けてはいないようだった。



「そんなとこまで疑うか」

「最悪の可能性あるんですよ」



 もう伝線してたり、と言いかけて止まる。 


「・・・ねえかみじょうさん」

「ん?」

「ストッキング、破きます?」



 ジャケットの裾を少し持ち上げてパンツのホックを指でとんとんと叩く。普段ならストッキングを破かせてなんて言われたらぼこぼこに殴りたくなるけど今はすでにストッキングは伝線してるし、なにより相手がかみじょうさんだからいいかなと思ってしまった。少しだけ沈黙したあとふは、と吹きだしたかみじょうさんが慣れた手つきでホックを外した。



「なんだその誘い方」

「嫌でした?」

「嫌じゃねーけど」



 自分でジャケットのボタンを外していたらちゅっとおでこにキスをされた。



「まあ、お前らしいというか」



 どういう意味だそれ、そんな気持ちを込めて肩に思いっきり噛みついてやった。



厄日



「もう帰る?」

「うーん」



 二人で夢中になっていたせいでまさか大雨になっているなんて気づかなかった。私は下着にワイシャツを羽織っただけの恰好で窓を叩く雨粒を眺める。似たように下着だけの恰好のかみじょうさんは肩を抱き寄せてちゅ、ちゅ、と耳元にキスを落とした。



「帰す気ないじゃないですか」



 くすぐったくて顔を押しのけると笑い声が手のひらから体に伝わった。そこにもちゅっとキスを落として「バレたか」と呟くかみじょうさんがかわいい。



「とりあえず飯食おうぜ」

「作ってくれますか?」

「・・・しゃーねえなあ」



 床に落ちていた自分が着ていたTシャツを私に被せると、かみじょうさんはジーパンに足を通した。



「風呂沸かしといて」

「・・・はーい」



 ああ、幸せだ。