「おいしかったぁ!」

「だろ」



 手を合わせてごちそうさま!と言う私を見て満足げに笑った光舟が空になったお皿をもって立ち上がる。上げ膳据え膳になりかけて慌てて取られる前に自分のお皿を持ち上げると何が面白いのか光舟は唇の端を上にあげて小さく笑った。

 久しぶりに光舟に会えた日。ご飯でも食べに行こうよと言おうと思ってたら、それより先に「スーパー寄っていい?」なんて普通な顔をして言うもんだから思わず笑ったあと誘うことをやめて光舟の家にお邪魔することにした。仕事で疲れてるだろうに当たり前のようにご飯を作ってくれる光舟がたまらなく愛しい。
 それから家に着くなり光舟は真っ先にキッチンへ。何か手伝おうと付いてはいったけど、きれいに片付いたキッチンで手際よく準備を始めていた光舟を見たら私なんていてもただ邪魔になるだけだと悟ってしまって、リビングで大人しく待つことにした。キッチンと同じくきれいに片付いた部屋は性格がにじみ出ている。ふと自分の部屋を思い出して、今日家に来ると光舟が言い出さなくてよかった!と心の底からほっとした。絶対今の私の部屋を見たら光舟に怒られるを通り越して呆れられる。仕事で忙しいから!という言い訳は私より忙しい光舟にはきっと通じない。よかった・・・本当に・・・と小さなため息をつくと急に猫の鳴き声が聞こえた。足元を見るとそこには久しぶりに会うマタさんの姿。しゃがみこんで「久しぶり〜!」なんて思わず声を上げていた私に光舟が爆笑していたのは私の知らない話。



「作ってくれてありがとう」



 お皿をもってキッチンへ入ると自分の袖を捲り上げてフライパンに手を伸ばしていた光舟が間延びした声で「どうしたしましてー」と返事をした。この人は自分の家で料理を作ると絶対に皿洗いまでのすべてを一人でしてしまう。ほぼほぼ奪い取る勢いでスポンジを取らないとちゃっちゃと全部片づけてしまうのだ。本人がそれを良しとしていても、彼女という立場である私は良しとしない。



「お皿は私があら」

「見て、このフライパン。誕生日に貰った」

「え?」

「全然くっつかねぇの」



 満足げに掲げたフライパンを洗い出す彼氏は主婦かなんなのか、と一瞬錯覚してしまった。誕生日にフライパンって。誰からよ。突っ込みたいことはいくつかできたけど、まあ流すことにして、何かできないものかととりあえず光舟の隣に立ってみる。私の家より広いキッチンとはいえ、背が高い光舟と女性平均の私が並べば少し窮屈だ。動けないほどでもないけど・・・スポンジを奪い取るにはやっぱり広さが足りない。

 光舟から向こうに行けと言われる前に何かないか。きょろきょろとあたりを見渡すとコンロが少し汚れていることに気づいた。



「光舟、キッチンペーパーは?」

「ない?」

「ない」

「じゃあ向こうの棚だわ」

「向こう?」

「いつもティッシュとか置いてるとこ」

「はーい」



 キッチンを抜けてティッシュとかのストックを片付けている棚を開ける。中にはラスト一個のキッチンペーパーが立っていた。ラッキー。あ、でも光舟に言わなくちゃ。買いに行こう。そういえばうちもティッシュあと一箱だったな。明日一緒に買い物に行けるかな。



「ラス一だったよ」

「マジで?」

「うん」



 ぺりぺりと一枚目をはぎながらキッチンへ戻ると、シンクから目をそらさない光舟の声だけが返ってきた。



「うちもティッシュがあと一箱しかないんだよねー」

「ティッシュ・・・は、この間買ったか」

「ねえ、明日一緒に買い物行こうよ」



 汚れたコンロの油を吸わせるようにキッチンペーパーを押し付ける。ごしごし乱暴に拭いて油が伸びて悲惨なことになったうちのコンロを思い出したのだ。光舟の家がきれいすぎて自分の家の散らかりようがひょこひょこ頭に浮かぶ。はいはい片づけますよーと誰に向かってなのか分からない言葉を心の中で呟きながら汚れをふき取っていると隣から笑い声が聞こえた。



「ん?」



 振り向くけど光舟は私の方は見ていなくて、洗い物続行中だ。聞き違いかな?なんて思いながら私もコンロを拭く作業に戻った瞬間、さっきも聞いた満足げな声が間違いなく聞こえた。



「そういうとこ、好き」



 勢いよく隣を見るけど光舟はやっぱり私のことを見ていない。でも口元はにやけている。光舟が普段絶対言わないようなことをさらっと言ったせいで顔が熱くなってきた!



もはや卑怯



「そういや歯磨き粉ももう切れるわ」



 水を止めた光舟を追いやって私は干してあったタオルをひったくるように取ったあと濡れたお皿を拭いていく。



「そっちは?」

「・・・洗剤!」



 問いかけに思わず返事をしてしまえばにやついた光舟がピンっと私の鼻先を人差し指で軽く弾いた。まだ光舟の手に残っていた雫が私の鼻先に落ちる。なんか今日の光舟変だよ。いや、嫌な変、なわけでは、ないけどさ!



「明日は日用品の買いだめだな」

「・・・なんでそんなウキウキしてんの?」

「別に?」

「いやその顔じゃ無理がある!」



 にやついたままの光舟を指さすとわざとらしく腕を組んで首をかしげた。



「なんでだろうなあ?」

「えー!何それー!」

「いいから早く拭け拭け」

「拭くけどさぁ!」

「冷蔵庫で冷えたビールが待ってるぞ」



 そう言って光舟は機嫌よく棚からグラスを二つ取り出した。



title by さよならの惑星